2023年度奨学生秋季研究報告会を開催しました


9月28日(土)に開催された渥美国際交流財団2023年度奨学生秋季研究報告会は、8名の研究者がそれぞれの専門分野における独自の視点を示し、研究に向ける情熱と長年の努力の結晶が凝縮された、学びが多い貴重な研究成果発表の場となりました。

はじめの徳永佳晃さんの発表では、1920年代のイランにおける議会制民主主義の確立と独裁政権の台頭が、相反するように見えて実際には連携していた点が明らかにされました。具体的な立法事例を通じて、独裁体制が議会主義を利用しつつ権力を確立していった過程が詳細に説明され、歴史研究における多面的な視点の重要性を再認識させられました。指導教官のお言葉のように、研究テーマのみならず欧米とイラン本国の架け橋となれる立場としても今後の活躍が期待されていることを実感する内容でした。

続く小美濃さんの発表では、高度経済成長期の東京・山谷に焦点を当て、地域社会と日雇い労働者、そして社会運動の相互作用が分析されました。山谷という特異な都市空間がどのように形成され、生存権をめぐる闘争がどのように展開されたかが明確に示され、都市研究における重要な視点を得ることができました。私の在住する横浜にもドヤ街があり、その歴史的背景に初めて触れることができました。

3人目のチャンジュンシさんの発表では、次世代の創薬分子として期待される環状ペプチドの可能性に焦点を当て、ラボでの実験成果と応用の展望が示されました。特に、FITシステムやmRNAディスプレイ法を活用した高親和性のチオペプチドの発見とその実用性に関する研究は、医療分野での大きな貢献が期待されるものであり、医療分野での経験を積んできた私としては「素晴らしい!」としか言いようがありませんでした。チャンさんの研究への情熱と創薬に対する貢献に心打たれ、膠原病を患う方や多く人々の健康促進に繋がる、世界的に評価された研究成果にワクワクしてしまいました。

前半最後となった賈海涛さんの発表では、上海文学における地域性の再評価をテーマに、経済発展と都市再開発が地域文化に与えた影響を文学的に探求されていました。地域性を再評価する風潮と、それに対する文学的表現の変遷が非常に興味深く、また上海語という文学言語に焦点を当てた分析が印象的で、都市と文学と地域文化の関係性が融合する視点を得ることができました。

休憩時間を挟み5番目に発表された黄若翔さんは、日本、米国、台湾の三か国における労働法の比較法的分析を行い、流動化する労働市場における退職・転職の自由とその制限についての法的考察がなされました。各国の法制度における労使の利害調整の違いが異なる視点からのアプローチと共に明確に示され、グローバル社会での労働者の権利の重要性を再確認させられました。医療従事者の労働環境問題に関心が強い私にとって、このような法的観点からの研究は非常に重要だと感じました。

6番目の楠田悠貴さんの発表では、フランス革命がイギリス革命といかに関連づけられ、影響を受けていたかを多角的に分析されていました。歴史的な連続性と類似性を踏まえ、知識人や政治家が過去の革命史を参照しつつ未来を予測していく様子が解明されました。指導教官のコメントの中で、フランスの一般大衆による歴史認識がパリオリンピックの開会式で示されたことが指摘されましたが、革命期とその歴史認識という視点が現在にも転用できることに深く感銘を受けました。

7番目の久後香純さんの発表では、1960〜70年代の日本写真史における写真家たちの理論的背景を探り、彼らが単なるアーティストとしてだけでなく、社会に対して鋭い批評的視点を持ち活動していたことを明らかにしました。写真表現が社会変革に寄与していた点が再確認され、文化や芸術が持つ影響力の大きさを改めて感じました。彼女の研究における価値やその視点に知的好奇心が掻き立てられたと同時に、司会者が紹介したフルマラソンを楽しむという本人のエピソードにも、人間的な魅力を感じました。

最後のシム ミンソプさんの発表は、日本統治下の朝鮮での公衆衛生政策の歴史的意義と、植民地支配との関係を分析したものでした。感染症対策として導入された衛生施設が地域社会に与えた影響を掘り下げることで、植民地政策がいかに社会構造に影響を与えたかが解明されました。シムさんの探究心は学術的な衛生歴史学だけには留まらず、現代社会におけるアフリカへの支援や国境なき医師団などの活動にも広がっており、そうした各地での活動を通じてより深く公衆衛生分野を追及されていることが、私自身の保健医療福祉の研究テーマにも新たな視点を与えてくれました。

各奨学生による発表後、指導教官や財団の理事、選考委員からのコメントも伺うことでさらに多様な研究の深みを知ることができました。懇親会では質問を投げかけたい気持ちで一杯でしたが、時間が足りず、またの機会にぜひお話を伺いたいと思います。来年には私自身が研究成果を発表することを想像すると、大きなプレッシャーを感じますが、先輩方の背中を追いながら、研究に拍車をかけていきたいと強く感じました。

当日の写真

文責:大元慶子