工事現場見学会報告
前日の冷え込みが一気に吹っ飛ばされたような温かい日差しが届く2019年11月21日。午後2時半、渥美財団2019年度奨学生一同は都内の某駅に集合した。向かう先は、鹿島建設が設計・施工を手掛けているプロジェクトの工事現場である。
このプロジェクトは地上25階、地下1階、高さ89.90m(最高99.90m)、延べ面積約34,800平米の複合施設になる。1〜2階が店舗・認可保育所・地域交流施設、2〜4階がサービス付き高齢者向け住宅(49戸)、5〜25階が賃貸住宅(229戸)、が整備される。
理事長を始め事務局のスタッフと奨学生はまず、プロジェクトの現場所長によるプレゼンを聴講した。次に、工事現場に移動し、配管工事中の部屋と内装済みの部屋を一戸ずつ見学した。最後は、見学について質疑応答が行われ、参加した皆さんが感想を述べて見学会は終わりを迎えた。
■ 1mmから見る「微(かすか)」と「巨(おおい)」――「建てる」ことの匠(たくみ)
日本のゼネコンは世界に誇る建築の実力を持っている。今回の鹿島建設の工事現場見学はこの「建てる力」を肌で実感する貴重なチャンスとなった。奨学生たちの心を打ったのは、なによりも極(きわみ)を追求する姿勢であろう。
所長は、プレゼンの中で築50年の外壁とガラスの冊子が映っている一枚のスライドを見せてくれた。年月の重なりでコンクリートの外壁にはコケが付いているが、サッシまわりのシーリング――金属の枠とコンクリートの外壁との隙間を填充する素材――は全く変形せず、きれいなままに保たれている。50年経過しても変形しないシーリングの背後にあるのは、サッシの防水を徹底的に追求する志である。一見して見落とされがちなシーリングこそ、100年も持つ建築を建てる技術と意思を表しているのだと熱く語った。
配管工事中の部屋に足を運ぶと、そこにはさらなる発見が待っていた。防水へのこだわりは言うまでもなく、防音には最善を尽くした対策がされている。床や天井は配管だけではなく、防音材を何重にも入れることで一体化したデザインが施されている。通常のフローリングの下で工夫された十数センチの見えない構造への接近は、工事中にしか見られない今回の見学者だけの特権であった。
内装が完成しているもう一つの部屋に、スリッパに履き替え入室。内部構造は綺麗にカバーされ、防音を兼ねた部屋の壁も設置され、白とグレイを基調としたシンプルな内装で、部屋全体は洗練された高級感が漂っている。そこで特に紹介されたのは1mmの防音層であった。部屋の壁と床の間には厚さわずか1mmのゴムのような衝撃吸収層が入っていた。それによって床や壁の振動を極限まで吸収し、防音効果が極限まで高められている。ゴム層は壁の表面よりわずか数ミリの後ろに入っており、外装からはその存在を確認することすら難しい。強いて1mmの隙間に指先を差し込んで力を入れて触ってみれば、撥ね返ってくるささやかな弾力でようやくその存在を確認できる。この1mmに加え、さらに床と天井、そして壁の中に数え切れないほどの防音対策が重ねられているので、音の干渉を意識しなくて済む自由自在の生活空間が実現される。
床に顔をくっつけてもぎりぎりにしか見えないこの1mm、指で触ってぎりぎり感じ取るこの1mm。この1mmは実に微かなことである。しかしこの1mmこそ「極める」という職人の精神の結晶として、ゼネコンの「巨大」な規模、「建てる」という人類「巨大」な夢を支えているのではないのか。この「微(かすか)」と「巨(おおい)」の転換を実現させる力こそ、鹿島建設が持つ「建てる」ことの匠なのではないか。
■ 「間」、「重なり」から「一つ」へ――「建てる」ことの巧
建てることは、決して孤軍奮闘することではない。そこでゼネコン(general contractor)の事業は、専門別に特化された業界内部の分業によって協働的に実現されているという。一つの全体の枠を措定し、特定の作業に専念して磨き上げられた個々のアクターの力を借り、相互のコラボレーションを促進させ、「一つの全体」としてまとめあげるのがゼネコンである。
今度のプロジェクトは、所長によれば100社(300人以上)に上る関係者が関わっている。庭のデザインを例にしてみよう。そこは、景観デザイン、照明デザイン、植栽デザインなどのアクターが関わり、さらにそれぞれのデザインが全体プロジェクトとの統一、隈研吾氏の意匠である建物のファサードとの融和など、建築やデザインなど技術面だけではなく、システムの管理が強く求められている。
プロジェクトをいかに分解し分業による専門技能の発達を最大限に引き立てるのか、いかにして小分けしたサブシステムの相互の噛み合わせを調整するのか、いかにしてプロジェクトを一つの全体として円滑にまとめて上げるのか、この一連の課題に答えるのは、一級建築士の資格を持つ専門家による現場調整といった日本独特の業界体制と、鹿島建設が長年に積み重ねてきたマネジメントのノウハウにほかならない。
「一つ」にまとめ上げる力は、分解された個々の間から、その重なりから、徹底的な繋ぎを施して建てることの巧にほかにならないのだ。
■ 都市の更新に向けて
今回見学したまちづくりプロジェクトは、公営住宅を高層・集約化して建て替えるものである。そこには、賃貸マンションのほかに、保育園、養老施設、オープン緑地などの都市の公共機能が整備されている。都市化が進み、空地から新しいものを建てるのではなく、そこにあるものから建て直すことが課題となった今日、この一角は都市の更新に向かう公共性の創出を考えるための格好の材料となるに違いない。
(文責:陳昭)