私が魚類学を志した理由

プラチヤー ムシカシントーン
Prachya Musikasinthorn
出身国:タイ
在籍大学:東京水産大学大学院水産学研究科
博士論文テーマ:タイワンドジョウ科魚類の系統分類学

 

 私は二回にわたり、日本に留学している。初めて日本への留学を決意したのは、現在専攻している淡水魚の魚類分類学を志した時期とほぼ一致する。

 タイで高校生活をおくっていた頃、すでに魚に興味をもっていた私は、国立チュラロンコン大学理学部の魚類学者、Thosapon Wongratana 博士の研究室に頻繁に出入りしていた。高校三年の雨期休み、いつものように博士の研究室を訪ねると、博士は開口一番にこう言った。「明日、世界で最も著名な魚類学者の一人が、フィールドワークをするためにアメリカからやってくる。通訳兼助手として同行し、彼を助けながら魚類学の実践を学びなさい」。

 現在も第一線で活躍するTyson Roberts というその学者と私は約二週間、タイの東北地方で淡水魚の標本採集を行なった。アフリカ、南アメリカと世界中でフィールドワークをしてきた彼と寝食をともにする生活の中で、私は二つの大きな“現実”を知った。一つはタイ国の淡水魚類は種多様性が著しく高く、多くの研究的余地が残されているということ。そして、もう一つは彼のような外国人研究者がタイでフィールドワークをし、当然のように標本をすべて自国に持ち帰り、タイの淡水魚の研究を行なっているという現状である。私はその体験から、単なる欧米からの“借り物 ”ではない、タイの魚類学を、従来の魚類学を基盤としながら、展開していくことの必要性を考えるようになった。そして同時に、国際的に通用する現代的な魚類学的研究の手法を身につけた魚類研究者になりたいと思った。当時、世界的にみても質の高い『日本産魚類大図鑑』が出版されたばかりで、私は日本の魚類学の水準に感銘をうけていた。それに日本は、幼小のころ父の仕事の関係で暮らした国であり、日本語にも親しんできた。私は東京水産大学へ留学することを決心した。

 東南アジアの淡水魚の権威である多紀保彦博士の指導で卒業論文をまとめ、学部を卒業した私は、本格的に博士課程での研究を始める前に、自国で幅広くフィールドワークを行ない、野外観察の経験を積みたいと考え、一時的に帰国した。帰国後、前述のチュラロンコン大学とカセサート大学の大学院に籍をおいた。両大学での学生生活の中で、私は自国の魚類学研究と教育の現状を把握することができた。何よりも残念に思ったのは、私と同じように魚に興味をもった学生達が、学問の本当のおもしろさを教えられずに、最終的にはそのほとんどが魚類学から離れていくという事実であった。明らかに、指導する側の姿勢に改善すべき点が多くあると感じた。学問に強い興味を持つ学生達と研究者(教育者)がともに自由に論じあい、研究の喜びを分かち合う研究環境が必要であると、強く感じた。日本で博士課程に在籍している現在、このタイでの経験をもとに、将来指導者や教育者という立場でどのように社会に貢献しかかわっていくかを常に念頭において研究を進めている。

 博士課程を修了し、タイに帰国した際には、同じく魚類学を志す若い研究者や学生ら“同志”達と、フィールドワークを基盤としたタイそしてアジアの新しい魚類学、分類学の時代を築くことに貢献していきたいと思っている。