私の夢・ブラジルの夢

マリア ハケウ モウラ コインブラ
Maria Raquel Moura Coinbra
出身国:ブラジル
在籍大学:東京水産大学大学院水産学研究科
博士論文テーマ:DNAマーカーによるヒラメの品種改良

 

 私はブラジルの北東に位置する国立ペルナンブコ大学水産学科で1990年にマグロの回遊について、卒論研究をしました。この研究は、大西洋マグロの資源保護に関する世界委員会(ICCAT)によってサポートされたプロジェクトの一環でした。この研究を通して、私は私の大学で開かれた4回のICCATの会議に参加し、そこで発表された日本の研究者のマグロ回遊に関する研究に大いに刺激を受けました。この研究を進めるうちに、私は大学院でさらにこの研究を深めたいと思うようになりました。私の大学には大学院はありませんでした。この時、大学院に進学するなら自分たちが持っている文化的な背景ではない他の文化圏でこの研究を発展させようと思いました。この思いの中には、科学的な成果ばかりでなく、私の人生における新しい哲学が生まれる可能性にも期待していました。人間として、一人の世界人として、自分自身を成長させるチャンスであると考えましたし、外から自分の国やその文化を見ることができるチャンスでもあると考えました。それらを達成するために、留学生として外国で学ぶ道を選びました。

 日本を留学先として選んだ理由は、最初に述べましたように、マグロの回遊に関する日本人研究者の発表に触発され、日本が水産全般にわたる長く輝かしい歴史をもっていることに、憧れとブラジルの夢を託したのは事実です。しかし、それ以上に、日本が世界経済の仲で中心的な役割を演じている国の一つとして、アジアに繁栄を築いていることに興味を持ちました。宗教や歴史がヨーロッパの国々(その影響を強く受けている文化圏も含めて)と大きく離れている人々が、世界の人が必要としているもの、有れば有り難いと思う物を作り、世界の人々に貢献している。そのような日本(日本人)が、異なる文化的背景を超えて、「科学」という同じ概念を共有する世界で、その独自の文化をどのように活かして取り組むかに興味がありました。

 実は、私は博士課程では、修士課程と研究テーマを変えています。それは、日本に来て初めてブラジルを冷静に見ることができたためです。それは、本当に今、ブラジルで必要なものはマグロの研究ではないことを知ったことに因ります。(修士論文のマグロの回遊については、ICCAT Collective Volume of Scientific Papers/SCRS/1998/40に公表済み)ブラジルの200カイリ内では、マグロの資源量は少なく、200カイリを越えて操業できる大型船はブラジルには現在ないのです。ですから、マグロの回遊が分かっても、それを取りに行くことができないのです。国内の加工工場が連続して稼動することができず、産業として成り立ちにくい(実質的な加工工場の閉鎖)のです。それに引き替え、500年の伝統を有する砂糖生産には、北東地域(私の出身地)の多くの人々がそこで働き生計をたてています。しかし、同一作物の長年にわたる生産のために土壌が疲弊し、生産力が落ちていて、他の作物や養殖への転換が急務とされています。そのような状況を肌で感じていたときに、東京水産大学で「ポジショナル・クローニング法による新しい水産育種」に出会い、この方法による新しい育種が、ブラジル、特に北東地域の養殖に貢献するものと確信しました。そして、この分野に新しい私の「夢」を見つけました。帰国して教鞭をとったとき、学生に「希望」をあげられます。なぜなら、私に夢があるから。

 この研究テーマの変更は、「留学を決意した時」には考えもしなかたことですが、日本で学んだ中での私の決断であり、私にとっては、第2の「留学を決意した時」に 相当すると思っていますので、ここに書きました。