SGRAメールマガジン バックナンバー
KUSUDA Yuki “What is Napoleon’s Real Image?”
2025年3月27日 23:41:14
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SGRAかわらばん1056号(2025年3月27日)
【1】SGRAエッセイ#786:楠田悠貴「ナポレオンの実像とは?――映画<ナポレオン>を観て」
【2】寄贈本紹介:花井みわ『「辺境」の文化複合とその変容――東アジア文化圏を生きる中国朝鮮族』
【3】第75回SGRAフォーラム・第45回持続的な共有型成長セミナーへのお誘い(4月12日、東京+オンライン)(再送)
「東アジア地域市民の対話:国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(LLABS)の可能性を探る」
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【1】SGRAエッセイ#786
◆楠田悠貴「ナポレオンの実像とは?――映画<ナポレオン>を観て」
2023年末、ナポレオンの生涯を描いた映画が公開された。メガホンを取ったのは、古代ローマの剣闘士を描いた<グラディエーター>など、数々の名作を持つリドリー・スコット監督である。フランス革命史を専攻する私は、渥美国際交流財団の忘年会でこの映画についての好意的な感想を聞き、早速期待を寄せながら映画を観た。率直な感想としては、壮観な光景に圧倒されながらも、いくつかの点でどうしても違和感が拭えなかった。ナポレオンはマリ=アントワネットの処刑に立ち会っていない、ギザのピラミッドに向けて大砲を放っていないなど、歴史家たちは史実に反する点を多々批判しているが、私が最も気になったのは主演ホアキン・フェニックスの年齢である。
ナポレオンは1769年に生まれ、35歳の若さで皇帝になり51歳で死んだが、フェニックスは映画公開時点で49歳だった。映画冒頭のマリ=アントワネットの処刑やトゥロンの戦い(1793年)のシーンでは、まったく若作りせずに演じていたが、当時ナポレオンは20代前半の青年だったはずで、とても奇妙に感じられた。また、ナポレオンより6歳年上の妻ジョゼフィーヌ役はフェニックスより14歳年下のヴァネッサ・カービーが演じ、ナポレオンの上官に相当する14歳年上のポール・バラスもフェニックスより7歳年下のタアール・ライムが演じている。中年の男性と若い妻、年下の上官と初老の部下のように見えて、どうしても違和感が拭えない。しかも当初、ジョゼフィーヌ役はもっと若い女優、1993年3月生まれの30歳のジョディ・カマーが演じる予定だったが、パンデミックの影響で撮影延期となり都合がつかなくなったという経緯があるそうだ。本来であれば、もっと年齢差を感じる配役となっていたかもしれない。
英『タイムズ』紙のインタビューを受けたスコットは、史実との整合性について次のように答えている。「ナポレオンが死んで10年が経ち、誰かが本を書く。そしてある者がその本を手に取り、新しい本を書く。こうして400年(*原文ママ)が経ち、[歴史書には]多くの想像が含まれている。歴史家たちと揉めるとき、私は次のように問う。『すみません、あなたはそこにいたのですか?ノーですって?おやおや、それなら黙っとけ』と」。もちろん、映画監督と歴史家の仕事は違うし、観客を魅了させるための創作・演出は許されて然るべきだが、スコットは歴史家の仕事を分かっていない。二次資料(研究文献)にのみ依拠した研究はアカデミックな歴史学研究とは認められない。私たちは常に一次資料(原典史料)にまで降り立って調べるのだ。ちなみに、ナポレオンとジョゼフィーヌとの年齢差についても、スコットは「重要ではない」と一蹴しているが、せめて若作りさせてほしかった。
だが、スコットの「言い訳」はある意味で正しい。あまりに多くのことが語られたために、ナポレオンのイメージは想像に満ちている。ナポレオンに関する言説の信憑性を考察したリチャード・ホエートリーは、「語られたことすべてを信じようとすれば、一人ではなく、二、三人のボナパルトが存在したと考えなくてはならない。もし十分に裏づけのとれたものだけを認めるならば、一人も存在しないのではないかと疑わざるを得ないだろう」と述べている。唯一キャスティングの点でスコットを擁護できるとすれば、フェニックスの顔は、いくつかのナポレオンの肖像にどことなく似ている気がする。
だが、絵画も政治的意図を持って脚色されたものばかりで、あまり信用すべきではない。おそらく、多くの日本人が思い浮かべるナポレオンのイメージは、画家ダヴィドが描いたアルプスの山を白馬で颯爽とかけ登る姿だろうが、実際には、半世紀後にポール・ドラロシュが描いたようにラバで苦労したとされる。ダヴィドの弟子にあたるグロやジェラールら新古典主義の画家たちも、戦争を指揮する勇姿や現人神のごとく着飾った皇帝の姿を描いているが、等身大のナポレオンを描いたとは考え難い。ナポレオン自身が印象操作に心血を注いでいたからである。
私はナポレオン没後200周年であった2021年に、ナポレオンの人生と遺産を振り返りつつ、人々がナポレオンを映画、小説などで取り上げてやまないことこそ、彼が遺した最大の遺産だという趣旨のエッセイを執筆したことがある(『人文会ニュース』第137号)。シャトブリアンは、「ナポレオンは、生きているときには、世界を獲得し損ねた。死んでから世界を手にした」と述べたが、ナポレオンの最大の功績は、数々の戦勝でも民法典でもなく、彼の人生が映画などで取り上げられ、人々を惹きつけてやまない点にあるのではないだろうか。
<楠田悠貴(くすだ・ゆうき)KUSUDA Yuki>
大阪公立大学都市文化研究センター研究員、および立正大学・岡山大学非常勤講師。2015年に東京大学大学院博士課程に進学した後、フランス社会科学高等研究院修士課程、パリ第一大学(パンテオン=ソルボンヌ)大学院博士課程に留学し、現在博士論文を執筆中。専門はフランス革命期・ナポレオン統治期の政治史、政治文化史。主な論文に「ルイ16世裁判再考」(山﨑耕一・松浦義弘編『東アジアから見たフランス革命』風間書房、2021年所収)、単訳書にマイク・ラポート『ナポレオン戦争』(白水社、2020年)がある。
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【2】寄贈本紹介
SGRAメール会員で早稲田大学非常勤講師の花井みわさんからご著書をご寄贈いただきましたので紹介します。
◆花井みわ『「辺境」の文化複合とその変容-東アジア文化圏を生きる中国朝鮮族』
満洲は、移民の地であり複数の民族の生活空間があった。満洲に夢を託して多くの朝鮮人が満洲に渡った。移住先の満洲では中国人、日本人とどう向き合いながら生きてきたか。それは、中国現代史を見る上でも重要である。地政学的に満洲は東アジアが交錯した地域である。今日、日本と中国の歴史認識をめぐる対立の多くは満洲から始まった。200万人の中国朝鮮族の歴史から学ぶ。
出版社:御茶の水書房
定価:12,100 円 (本体11,000 円+税)
ISBN:978-4-275-02126-7
発売日:2021/02
詳細は下記リンクをご覧ください。
http://rr2.ochanomizushobo.co.jp/products/978-4-275-02126-7
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【3】第75回SGRAフォーラム・第45回持続的な共有型成長セミナーへのお誘い(再送)
下記の通り第75回SGRAフォーラム・第45回持続的な共有型成長セミナー「東アジア地域市民の対話」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「東アジア地域市民の対話 国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(LLABS)の可能性を探る」
日 時:2025年4月12 日(土)午後2時~午後5時(日本時間)
方 法:会場参加とオンライン参加(Zoomウェビナーによる)のハイブリット開催
会 場:桜美林大学新宿キャンパス創新館(南館)JS302号室
https://www.obirin.ac.jp/access/shinjuku/
言 語:日本語・英語(同時通訳)
申 込:参加申込(参加には事前登録が必要です)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_6rSMRrVaRw-wmMhl6Cc3RQ#/registration
お問い合わせ:SGRA事務局([email protected])
◆フォーラムの趣旨
地理学的にいえば、「東アジア」は、北東アジア(日本、中国、韓国)と東南アジア(ASEAN加盟国)の双方から構成され、「多様性の中の調和」原則の現出ともいえる「東アジア統合」というASEAN+3(日中韓)のビジョンを共有している。東アジアはこのビジョンに向けて大きな前進を遂げたが、近年中国が関わる出来事がビジョンに向けた地域の進歩を頓挫させていることも否定できない。
国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(Local-to-Local-Across-Border-Schemes、以下LLABS)は、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)とフィリピン大学ロスバニョス校(UPLB)経営開発学部(CPAf)のさまざまなコラボレーションとして、フェルディナンド・C・マキト博士が主導する「持続可能な共有成長セミナー」を通じて生まれた。UPLBチームは、フィリピン内務省の地方政府アカデミーと地方自治省のためにLLABS研究プロジェクトを実施した。
本フォーラムでは、桜美林大学グローバル・コミュニケーション学群とSGRAの協力によって、これまで主にフィリピンで検討されてきたLLABS構想について、北東アジアの研究者と一緒に議論し、実現の可能性について探る。
会場とオンラインのハイブリッド形式で開催し、共催のフィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)を通じて広くオンライン参加者を募る。
◆プログラム
◇基調講演
「国境を超える地方自治体・地域コミュニティ連携構想(LLABS)の概要と意義」
フェルディナンド・マキト(フィリピン大学オープンユニバーシティ(UPOU)講師)
◇討論1<ASEAN+3と日本。LLABSの可能性>
「コミュニティ連携:成長のトライアングル、中華街、「カレー移民」に見る教訓」
佐藤考一(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)
◇討論2<ASEAN+3と中国。LLABSの可能性>
「中国および東北アジア地域における越境開発協力と地方自治体国際協力の枠組み」
李鋼哲(INAF研究所代表理事・所長)
◇討論3<ASEAN+3と韓国。LLABSの可能性>
「韓国地方政府の国際レジーム形成の取り組み:日中韓地方政府交流会議を事例として」
南基正(ソウル大学日本研究所所長)
◇討論4<ASEAN+3と台湾。LLABSの可能性>
「政治的制約を超える台湾と東南アジアの「非政府間」の強い結びつき」
林泉忠(東京大学東洋文化研究所特任研究員)
◇自由討論
フィリピン市民の意見 … ジョアン・セラノ(フィリピン大学オープンユニバーシティ教授)
インドネシア市民の意見 … ジャクファル・イドルス(国士舘大学21世紀学部専任講師)
タイ市民の意見 … モトキ・ラクスミワタナ(早稲田大学アジア太平洋研究科)
◇総括 平川均(名古屋大学名誉教授)
プログラム
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/01/SGRAForum75Program.pdf
英語版プログラム
75th SGRA Forum/45th Sustainable Shared Growth Seminar “East Asia Citizens Dialogue”
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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。
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