SGRAメールマガジン バックナンバー

SOMEYA Rinako “A Budding International Research from Within”

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SGRAかわらばん1044号(2024年12月19日)

【1】染谷莉奈子「内なる国際研究への芽吹き」

【2】藍弘岳:第11回日台アジア未来フォーラム報告
『疫病と東アジアの医学知識――知の連鎖と比較』

【3】寄贈本紹介:朱琳・渡辺健哉編著『近代日本の中国学―その光と影』

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今年もSGRAかわらばんをお読みいただき、ありがとうございました
新年は1月9日から始めます
世界にとって、私たちにとって、平和な年が来ることを祈りましょう
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【1】SGRAエッセイ#780

◆染谷莉奈子「内なる国際研究への芽吹き」

今年3月に都内で開かれた「渥美国際交流財団創立30周年感謝の集い」で、「内なる国際化」という言葉を聞いた。国際と聞くと、日本では国外へ出て、さらに知見を深めることを意味することが多いが、「内なる国際化」は、日本国内での国際的な交わりに重きを置いた考え方だそうだ。

国内の大学院に進学してからというもの、英語論文の執筆や国際学会への参加が問われる時代にあることを、常日頃、意識させられてきた。それは、領域を問わず共有するところであろう。他方、国内へ目を向けてみると、多くの留学生や古今東西、さまざまな国籍の人々がいる。しかし、実際に、こうした交わりにおいて、特別「国際」という言葉があてられることは少ない。たしかに、あえて「内なる国際化」と語られなければならない状況が今の日本にあることは、その通りだと思った。

さて、私が志してきた社会学には「社会を物のように見る」という考え方がある。それは、まず社会学的な手法を確立するためのものもあり、他方で、文系にあるその科学性を問い返すときに使われてきた考え方である。

渥美国際交流財団(以下、渥美財団)には、いわゆる理系の院生がとても多い。私自身、渥美財団を通して理系の学生と交流する前は、「物を対象にした研究者」だと単純に思ってきた。しかし、出会った同期は、「ある作業ができるようになったロボットに、まるで意思がある」かのように話し、「友人を紹介するようにキノコの胞子について説明する」ような人たちだった。それは物を人のように扱う、もしくは人と物を相対化し、それぞれの問いを解き明かそうとする姿に思えた。

渥美財団での活動を通して、毎度さまざまな領域で、最終的には同じ方向にある課題を抱える研究者に声を掛けていただいた。留学生で、現在は静岡の大学で障がい者への特別支援教育について考え続けている方、数十年も前から、経済学の知見から福祉国家論を展開してきたという渥美財団卒業生、建築の視点から福祉の「場」づくりについて研究を進める方もいた。たった1年の出会いのなかでも、領域を横断したいくつものシンポジウムを立ち上げられそうな方々と交わり、まさに博士論文の執筆過程においてもその「射程」を大きくしてくれた。

日本ではまだまだ、国籍や言語の違いだけをとって「国際」と語りがちであるが、本当の「国際」の姿は、そんな大げさなことではなく、今の環境に身を置いたまま、個々の異なりに対して、“ちゃんと交わる”ことを通しても、さまざまな学びを得ることが可能であることを体得した。

思えば、私が約10年に渡り焦点を当ててきた、知的障がい者の家族の生活世界や、知的障がいのある方々の生き様も、長きにわたって既存の研究で描かれてきた「施設を出る」や「社会に出る」といった特別な営みではなく、今ある暮らしに埋め込まれたものであったように思う。博士課程を修了し、新天地での生活が始まるが、これまで通り懸命に、しかし、これからは肩の力を抜いて、ゆっくりと進んでいきたい。

<染谷莉奈子(そめや・りなこ)SOMEYA Rinako>
法政大学社会学部、日本学術振興会特別研究員PD。東京医療保健大学、慶應義塾大学の非常勤講師。知的障害者家族の“離れ難さ”をテーマに論文を執筆し2024年3月中央大学文学研究科社会学専攻博士号取得。研究を進める傍らスウェーデンへ留学、また知的障害を対象とした福祉職員としてグループホーム等にて勤務してきた。

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【2】SGRAイベントの報告

◆藍弘岳「第11回日台アジア未来フォーラム『疫病と東アジアの医学知識――知の連鎖と比較』報告」

2024年11月に台湾淡水市の淡江大学で開催された「東アジア日本研究者協議会第8回国際学術大会」の場を借りて、第11回日台アジア未来フォーラム「疫病と東アジアの医学知識――知の連鎖と比較」を開催した。

3年前にコロナ禍で延期せざるを得なかった本フォーラムであるが、コロナ禍が収束した今だからこその時宜を得た内容となった。

議論の中心は、東アジア及び世界の歴史における疫病の流行とその対処法、また治療や予防に関する医学知識がどのように構築されてきたのか、さらに東アジアという地域の中でどのように知の連鎖が引き起こされ、共有されたのかについてであった。会議後半では、中国、台湾、日本、韓国における疫病の歴史とその予防対策、またそれに関わる知識の構築と伝播を巡って討論を行った。

進行役は私、藍弘岳(台湾・中央研究院歴史言語研究所研究員)が務め、李尚仁氏(台湾・中央研究院歴史言語研究所研究員)、朴漢珉氏(韓国・東北亜歴史財団研究員)、松村紀明氏(日本・帝京平成大学准教授)、町泉寿郎氏(日本・二松学舎大学文学部教授)の4名が発表を行った。これらの報告に対して、市川智生氏(日本・沖縄国際大学総合文化学部教授)、祝平一氏(台湾・中央研究院歴史言語研究所研究員)、巫いくせん氏(台湾・中央研究院歴史言語研究所副研究員)、小曽戸洋氏(日本・前北里大学東洋医学総合研究所教授)の順で発言し討論した。

最初の李尚仁氏の報告テーマは「コロナから疫病史を考え直す――比較史研究はまだ可能であろうか」で、ピーター・ボールドウィン(Peter_Baldwin)の著作を踏まえて、各国の防疫政策の違いについて比較研究が可能かどうかを検討した。李氏によれば、政権の性質や科学的知識は防疫政策に大きな影響を与えない一方で、商業利益、国の行政能力、地理的要因、公衆衛生の歴史的記憶や「パス依存性」などは防疫政策に影響を及ぼす可能性があるとし、これらの観点から疫病史の比較研究の可能性を示唆した。

次に、朴漢珉氏が「清日戦争以前朝鮮開港場の検疫規則の運営」というテーマで報告。日清戦争勃発以前、朝鮮政府が「朝鮮通商口防備瘟疫暫設章程」を制定した後に開港場で検疫規則を運営する過程で現れた改正問題を検討した。また、この検討を通じて朝鮮王朝時代における検疫と主権の問題を提示した。

松村紀明氏は「幕末から明治初期の種痘について」というテーマで報告を行った。千葉県と岡山県の事例を通して種痘の実施状況を比較し、天然痘の治療における民間医師のネットワークの重要性を指摘した。

町泉寿郎氏は「感染症と東アジア伝統医学」というテーマで、『傷寒論』や運気論、温疫学説など、漢方医学史における感染症に関する知識と治療法を論じた。長い歴史を通じた東アジアの伝統医学と疫病の関連を要領よくまとめ、重要なポイントを提示した。

報告が終わった後、休憩を挟んで指定討論に入った。まず、李尚仁氏の報告に対して、市川智生氏は歴史家として、現在発生している事件に対してどのように発言すべきかという問題を提起した。そして、日清戦争後に後藤新平が作った検疫島と、新型コロナの集団感染が起きたダイヤモンド・プリンセス号やその後の水際作戦は、表面的には歴史の継承に見えるものの、質的には異なると指摘した。また、歴史研究者が現在進行形の社会問題に発言する際に何が求められるか、さらに台湾の事例を比較する対象として適切な国・地域はどこかと質問した。

次に、朴漢珉氏の報告について、巫いくせん氏は、防疫ルールの策定と実施において、科学的知識や特定の政治的思想に厳密に基づくものではなく、国家間の交渉と妥協が必要であったことを明確に示しているとコメントした。また、検疫規則が後の時代に継承されたかどうかという李尚仁氏の研究にも関連して、船の消毒に関するヨーロッパ国家と日本の違いは地理的、文化的観点から説明できるのか、自由貿易の理由で検疫に反対することは、当時の朝鮮と日本でよく見られたことなのかと質問した。

松村紀明氏の報告については、祝平一氏がコメントし、「救助種痘」や「種痘勧善社」といった名義で岡山県など地方の医師による種痘の地域ネットワークが形成された点を非常に興味深いと指摘した。その上で中国の事例と比較して、「種痘が利益を生む商売」である中国において医療事業や感染症対策はしばしば地方の士紳(地域社会の行政・経済・文化・教育などの各分野において指導的立場にいた階層の人々)の力を借りる必要があったが、岡山県の種痘事業は寺院や地域の社会ネットワークとどのように関係していたのか、また、明治政府はいつから技術や人員の不足を補い、種痘を国家の公衆衛生体制に組み込むことができるようになったのかと質問した。

町泉寿郎氏の報告に対しては、小曽戸洋氏が日本史における感染症と漢方医学の関係について補足し、特に日本では『傷寒論』が非常に崇拝されていたことや、防疫対策と漢方医学との関連について言及した。漢方医学は当時神仏頼りの部分が多かったが、ダニ科のツツガムシが媒介とする感染症の治療に対しては効果的なアプローチが可能との認識が一般的だったと述べた。

最後に司会の私からも東アジアにおける医学知識の問題に関連し、松村氏に対して、江戸時代における人痘法だけでなく牛痘法に関する中国からの書籍の輸入や翻訳、受容の状況について質問した。また、町氏には、江戸時代における荻生徂徠の五行に対する理解や運気論の受容に関して質問した。

その後の自由討論では、発表者が各々の質問に答え、予定の時間はあっという間に過ぎてしまった。今回4本の論文で提示された問題は非常に多岐にわたるものであった。比較史研究の可能性、朝鮮における検疫規則、幕末期から明治初期にかけての種痘事業、東アジアにおける伝統医学と感染症に関する理解がいかに重要か、などが鮮明に浮かび上がったフォーラムとなった。この会議の成果が疫病と東アジアの医学知識を探究する契機になれば幸いである。日本語と中国語の同時通訳・逐次通訳を入れ、アジア各地からの研究者が活発に議論し合えたとても有意義な機会になったことを感謝申し上げる。

当日の写真を下記リンクよりご覧いただけます。
https://bit.ly/3VBSwpD

<藍 弘岳(らん・こうがく)Lan_Hung-yueh>
中央研究院歴史語言研究所副研究員。専門は日本思想史、東アジア思想文化交流史。これまでの業績に『漢文圏における荻生徂徠――医学・兵学・儒学』(東京大学出版会、2017)、「臺灣鄭氏紀事與鄭成功和臺灣歴史書寫:從江戸日本到清末中國」(『中央研究院歴史語言研究所集刊』第95本第1分、2024)などがある。

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【3】寄贈本紹介

SGRA会員で東北大学准教授の朱琳さんから近刊書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。

◆朱琳・渡辺健哉編著『近代日本の中国学―その光と影』

古来、日本にとって大いなる「他者」であり続けている中国。
近代化を目指した日本において、その中国との差異化は文明論の大きな課題であった。
伝統的な「漢学」を打破しつつも、西洋の「シノロジー」をそのまま受容せず、独自の「支那学」を作り上げた近代日本の知識人たち。
その学問は戦争や時局の流れに翻弄され、時には「光」となり人々の心を照らし、また、「影」となり批判や反省の対象となることもあった。
知の編成・連鎖・再生産といった視点から、近代日本の中国学の変遷過程をたどり、東アジアの近代知のあり方および文化交流の実態の一面に迫る画期的論集。

発行所:勉誠社
ISBN:978-4-585-32545-1
Cコード:1320
刊行年月:2024年12月
判型・製本:A5判・並製 384 頁
キーワード:文化史,中国,東アジア,日本史,近代

詳細は下記リンクをご参照ください。
https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=103774

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