SGRAメールマガジン バックナンバー

KUGO Kasumi “Moving and Crossing Boundaries”

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SGRAかわらばん1040号(2024年11月21日)

【1】SGRAエッセイ:久後香純「移動し越境する」

【2】第18回SGRAチャイナフォーラムへのお誘い(11月23日、北京&オンライン)
「アジア近代美術における〈西洋〉の受容」(最終案内)
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【1】SGRAエッセイ#777

◆久後香純「移動し越境する」

2023年度渥美財団奨学生に採択された春のこと、前年度の奨学生による春季研究報告会に参加した際に感じた大きなショックは今でも忘れられない。文京区関口にある財団ホールでは、世界中から集まった優秀な研究者たちが日本語を共通言語とし、博士論文の成果を報告していた。

指導教授たちが次々と祝福の言葉を述べ、それに続いて国連事務次長を務められていた明石康先生など財団関係者からも次々と祝辞と研究への質問が繰り返された。90歳を超える明石先生が、大学院生たちの研究発表をノートに取りながら傾聴され、明晰なコメントをされる姿には感銘を超えて畏怖の念を抱いた。

新しい博士たちの誕生を祝福するたいへんおめでたい空間にいながら、大きなショックを受けた原因は、文系理系を問わず当たり前のように日本語が研究の共通言語としてその空間を支配していたためだ。私は当時、4年間留学していた米国から帰国して程なくだった。米国の大学では、そもそも日本語を理解する人がほとんどいないので英語を共通言語とするのは当たり前だし、それが「国際的」な研究をするための大前提であった。私もこのような研究者としての姿勢を内面化していたため、アジアを中心に世界各地から日本に留学生が集まり、高度でアカデミックな議論を展開している光景に、まるでパラレル・ワールドに迷い込んだかのような気持ちを引き起こされたのだ。

小説家の水村美苗が自らの経験をもとに書いた『私小説』に出てくる主人公はイエール大学仏文科博士課程に在籍する東洋人女性なのだが、米国の大学院でうじうじと悩みながらプライドも捨てられず悪態を吐きつつ日本を恋しがる姿があまりに愛おしく、私は米国で住んでいた小さなアパートで、夜ベッドに入る前にページをめぐりながらしくしく泣いたことがある。26歳のときに留学生として米国に渡った私は、幼少期から移り住んだ主人公とは若干異なる境遇ではあるのだが、私は米国の大学院で努力することが「世界」とつながるための扉だと信じていたため、渥美財団に今までに見たことがない小さくても別の「世界」が存在していたことに大きなカルチャーショックを受けた。

それからの渥美財団での交流は韮崎での宿泊ワークショップが助けとなったこともあり、奨学生同期とはすぐに仲を深めることができた。知的障がい者とその家族の生活支援を改善し浸透させるための研究、児童虐待をなくすことを目的とした中国と日本の比較研究、乳がんの抗がん剤治療を受けながらも生殖機能を保存する医療の開発を目指す研究など、同期の研究は誰もがその重要性を認めるであろう社会的に喫緊の課題を取り扱っていて、それぞれが立派な研究者になり、これからますます活躍することを願わずにはいられない。

このような出会いに恵まれたことにとても感謝している。一方で、「美術史」のなかで「日本写真史」を扱う私の研究は、一見その喫緊性が低いように思われたり、道楽的だと受け取られてしまうこともある。渥美財団で普段の自分の研究領域を超えた異分野の人たちと出会ったことによって、自身の研究の意義をより広い聴衆に理解してもらう必要性を考えるようになった。「歴史」を記す者として、あるいは「知識の生産者」としての責任と誇りをもった仕事が続けられるよう、これからの研究者人生を歩まなくてはならないという自覚を持つようになった。

米国での生活が水村美苗の『私小説』の世界を生きる日々であったとするなら、帰国してからの経験、特に渥美財団での時間は姜尚美が書いた『京都の中華』の世界を生きる経験だった。京都の中華は、花街の習慣も手伝い、独自の発展を遂げてきた。それは確かに本場中国の現状とは乖離があり、中国人が食べれば下手をすれば日本料理として認識されるようなダシのきいた薄味が特徴だ。著者は京中華を取材していくなかで、「本場や本物を追求するのは、素晴らしいこと。でも、それを追い求めると、「正解」がたったひとつになってしまう」と書き記している。人が移動する。人が移動すると文化や技術が越境する。それは食文化に限らず、私が研究を続けている写真表現やそれに伴う知識と思想にも言えることだ。人が移動し、モノが越境するとき、ためらいや、揺らぎ、時には衝突が起こりながらも、折り合いをつけ新しい何かが生まれていく。

渥美財団はまさに国を移動し専門領域を越境することで新しい知識が生まれる場所だ。このような空間に1年間身をおけたことに感謝するとともに、これからもささやかながら関わり続けられれば幸いである。

<久後香純(くご・かすみ)KUGO_Kasumi>
京都府出身。2010年早稲田大学文化構想学部入学、2014年早稲田大学文学研究科表象・メディア論コース修士課程入学。国立近代美術館写真部門や東京都写真美術館でインターン、委託職員を勤めながら写真史の研究を始める。2018年からアメリカのニューヨーク州立ビンガムトン大学美術史コース博士課程に留学し、1960年代から70年代の日本写真史についての研究に取り組んだ。2024年度博士号取得予定。2025年度からは、日本学術振興会PD特別研究員として京都大学にて研究を続ける予定。

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【2】第18回SGRAチャイナフォーラム「アジア近代美術における〈西洋〉の受容」へのお誘い(最終案内)

第18回SGRAチャイナフォーラム「アジア近代美術における〈西洋〉の受容」へのお誘い。
下記の通りSGRAチャイナフォーラムをハイブリッド形式で開催いたします。会場でもオンラインでも参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。

テーマ:「アジア近代美術における〈西洋〉の受容」
日 時:2024年11月23日(土)午後3時~5時(北京時間)/午後4時~6時(東京時間)
会 場:北京外国語大学北京日本学研究センター多目的室とオンライン(Zoom)
※北京外国語大学会場で参加する場合は、入校の際に身分証のスキャンが必要となります。
言 語:日中同時通訳
共同主催:渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)
北京外国語大学北京日本学研究センター
清華東亜文化講座
後 援:国際交流基金北京日本文化センター
協 賛:鹿島建設(中国)有限公司

※参加申込(リンクをクリックして登録してください)
https://forms.office.com/Pages/ResponsePage.aspx?id=DQSIkWdsW0yxEjajBLZtrQAAAAAAAAAAAANAAWXADtRUNlo1VzVNMTBBTUFZQTNIV08yT1lYNk9GQS4u
(参加方法に関わらず参加用URLが届きます。会場参加の方は当日会場にお越しください。)
お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■フォーラムの趣旨

昨年開催した「東南アジアにおける近代〈美術〉の誕生」では、日本における東南アジア美術史の第一人者である後小路雅弘先生(北九州市立美術館館長)を講師に迎え、いまだ東北アジア地域では紹介されることが少ない東南アジアにおける近代美術誕生の多様な様相について学んだ。その続編として今回は、初期の東南アジアの美術家にとって重要な存在であったゴーギャンを取り上げ、東南アジア近代美術おいて〈西洋〉がどのように受容され、そこにどのような課題が反映していたのかを考察する。

■ プログラム
総合司会 孫建軍(北京大学日本言語文化学部/SGRA)
【開会挨拶】今西淳子(渥美国際交流財団/SGRA)
【挨拶】周異夫(北京外国語大学日本語学院長兼日本学研究センター長)
野田昭彦(国際交流基金北京日本研究センター所長)
【講演】後小路雅弘(北九州市立美術館館長)
「東南アジア近代美術における〈西洋〉の受容─東南アジアのゴーギャニズム」
【指定討論】
討論者:
王嘉(北京外国語大学)
二村淳子(関西学院大学)
【自由討論】
モデレーター:林少陽(澳門大学歴史学科/SGRA/清華東亜文化講座)
【閉会挨拶】
王中忱(清華東亜文化講座/清華大学中国文学科)

■講演内容

【講演】後小路雅弘「東南アジア近代美術における〈西洋〉の受容─東南アジアのゴーギャニズム」

前回の本フォーラムでは、「東南アジアにおける近代〈美術〉の誕生」というテーマのもと、欧米列強による植民地統治下の1930年代に見られた近代美術誕生の萌芽的な動きを国ごとに紹介し、その共通性と固有性について考察した。その背景には、19世紀末から盛んになったナショナリズムや民族自決の高まりといった国際的な動向があったが、激動のアジア近代史の奔流の中で、近代美術運動のパイオニアたちは何を目指したのかを読み解いた。

今回は、東南アジアを中心に、他のアジア地域の作例も含め、アジア近代美術の、とりわけ初期の段階において、〈西洋〉の受容がどのようなかたちで行われたのか、またそこにはアジアの近代美術のどのような課題が反映していたのかについて考察する。

アジアの近代美術は、西欧の近代美術の大きな影響を受けながら誕生し、展開していったことは間違いない。しかし、ここでは、その影響を受け容れた側(アジアの近代美術)の主体性、主体的な創造性に注目する。アジアの近代美術のパイオニアたちは、〈西洋〉をどのように「主体的に」受け容れ、そこにどのような問題意識を持ち、どのように内発的な創造性を展開したのだろうか。

東南アジアの美術家たちにとって、とりわけ重要な存在はポスト印象派のポール・ゴーギャンであった。ゴーギャンは、成熟した西欧文明に倦んで、野生の荒々しい生命力を求めて南太平洋へ移住し、そこで新境地を開いた。東南アジアの美術家たちは、ゴーギャンの南太平洋での作品を参照し、自らの作品に取り込みながら、自身の課題に取り組んでいく。そこには、新たな国家建設の夢や、まだ見ぬ〈故郷〉の姿が反映していた。

アジアの初期近代美術家たちはゴーギャンに何を見ていたのか─東南アジアを中心にそれ以外の地域も含め、いくつかの作品を取り上げ、その分析を通して、アジアの近代美術が何を求め、何を生み出したのかについて具体的に考えたい。

※プログラムの詳細は、下記リンクをご参照ください。

日本語版
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/10/J_SGRAChinaForum18.pdf

中国語版
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/10/C_SGRAChinaForum18.pdf

ポスター
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/11/ChinaForu18_poster.jpg

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