SGRAメールマガジン バックナンバー
Amelie CORBEL “SGRA Cafe #21 Report: The Reality of Dual Nationality in Japanese Society”
2024年4月4日 16:25:58
**********************************************
SGRAかわらばん1010号(2024年4月4日)
【1】アメリ・コーベル「第21回SGRAカフェ『日本社会における二重国籍の実態』報告」
【2】寄贈本紹介:申惠媛『エスニック空間の社会学:新大久保の成立・展開に見る地域社会の再編』
**********************************************
【1】アメリ・コーベル「第21回SGRAカフェ『日本社会における二重国籍の実態―複数国籍保持者に対するスティグマ付与と当事者らの実践』報告」
2024年2月17日に開催された第21回SGRAカフェには57人が参加し、「日本社会における二重国籍の実態」が議論されました。今回のSGRAカフェを企画した理由の一つは、日本の国籍法を巡る誤解が多いことにあります。その最大のものは「日本は二重国籍を認めていない。二重国籍は違法だ!」という認識です。日本の国籍法が「国籍唯一の原則」という理念を取り入れていることは確かですが、それが二重国籍を禁止したり、不可能としたりするものではありません。
この原則の下、二重国籍のケースを減らすための制度がいくつか設けられていますが、その重国籍防止・解消制度の多くは必ずしも積極的なものではなく、また行政による運用についても同じことが言えます。例えば国籍選択制度の下では、選択の義務を果たしながらも日本国籍を選択した上で、外国の国籍を保持することは可能なのです。それに対して、海外在住の日本人が居住国の国籍を取得した場合等に適用されている規定(11条1項)は非常に厳しいもので、重国籍の存続は許されません。同じ二重国籍者でも、状況によって法の適用が異なることが示されました。
基調講演では、武田里子氏が「日本社会における複数国籍の実態―放置主義から摘発強化への政策転換」と題して35分にわたって発表しました。まず、国際結婚の研究から二重国籍の問題に関心を寄せ、特に台湾や韓国での調査を通じて現地男性と結婚した日本人女性たちとの交流から子どもの二重国籍問題が浮かび上がったことを紹介。日本国籍と外国籍の選択が22歳までに必要とされるが、実際にはこの義務を果たさなくても何も起こらないという混乱した情報の中で、母親たちが子供の将来について心配していることを指摘しました。
次に、日露ハーフの子どもたちに関する国籍問題が取り上げられました。通常、ハーフの子供たちは片方の親から日本国籍、もう一方の親から外国籍を取得しますが、日本に生まれたロシア人の子は出生によってロシア国籍を取得したとは見なされず、「簡易帰化のような手続きを経て取得した」と、日本政府は解釈します。そのため、ロシア大使館に出生届を提出した時点で日本国籍を喪失します。子どもの最善の利益の観点から、この国籍法の運用は許されるものなのかと、武田氏は問いかけました。
その後、発表のタイトルにある通り、過去40年の間、日本政府による複数国籍への対応がどのように変遷してきたのかを論じてくださいました。
40年前と言うと、ちょうど1984年の国籍法改正の時です。当時、女子差別撤廃条約の批准のための法整備の一環として、父系優先血統主義が父母両系血統主義に改められました。この法改正により、二重国籍者の増加が予測され、それに対処するために重国籍解消制度が導入されました。
1984年の国籍法改正後、複数国籍の議論が進まず現在に至っています。その間、海外では重国籍容認への動きがあり、国外居住者のロビー活動が影響力を持ちました。「日本ではなぜ在外邦人が国籍法改正に向けて大きな力を発揮しないのか」と武田氏は問いかけます。
2000年代に入り、日本政府は重国籍者に対する対応を変化させ、「放置主義から摘発強化」への方針転換が見られるようになりました。特に、在外公館ではこの転換が顕著に現れました。それまでは11条1項の定めるところによって、日本の国籍を喪失したはずの在外邦人に対し、日本政府は国籍喪失届の提出を指示することもなく放置していました。戸籍さえあれば、日本人扱いで構わなかったようです。しかし、2005年以降は、11条1項が適用される人たちの摘発に力を入れるようになりました。
近年、二重国籍者を萎縮させた最大の出来事は間違いなく、2016年に起きた蓮舫議員の二重国籍騒動です。メディア報道により、「重国籍=違法」という印象が強まり拡散しました。その結果、当事者の間には不安が広がり、国籍のことを友達にも話せなくなったと言う人もいます。
そして、この問題が日本国憲法の基本原則である平和主義、民主国民主権、人権擁護とどのように関連しているかについても議論が展開されました。武田氏は、複数国籍の容認は憲法に基づく要請であるとする憲法学者の見解を紹介し、複数国籍の問題が国の基本原則とも密接に関連していることを強調しました。
2010年代の終わり頃から、この状況の悪化に歯止めをかけようとする当事者らによる運動が見られるようになります。11条1項の違憲性を訴え、国を提訴した「国籍はく奪条項違憲訴訟」です。残念なことに、現時点では敗訴が続いていますが、今後、違憲判決が出ることを信じて、武田氏は弁護団と原告らを支援し続けています。
最後に「複数国籍の容認は日本国憲法の基本原則たる平和主義、民主国民主権、そして人権擁護に基づく要請である」と指摘する憲法学者の近藤敦氏と同意見であることを明確に述べて、基調講演を終えました。
話題提供を務めてくださった3人は、それぞれ異なる視点から二重国籍の問題に限らず、国籍のあり方そのものに疑問を投げかけ、カフェ参加者に「Food_for_thought」を与えてくれました。
最初の話題提供者は、社会福祉学の専門家であるヴィラーグ・ヴィクトル氏です。日本の公的な福祉制度と国籍の関係について説明し、多様性を尊重する必要性を強調しました。さらに、ソーシャルワークの視点から二重国籍問題を分析し、当事者の活動の重要性を強調します。参加者からは賛同する声が上がりました。
金崇培氏は、3世代にわたる自身の家族史やライフ・ヒストリーから、国際関係や国家の諸事情がいかに個人の国籍に影響を与えるのかを教えてくれました。1941年に朝鮮人の両親をもち日本で生まれた金氏の母親は、生まれつき日本国籍を有していましたが、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効に伴い日本国籍を失うことになりました。金氏の息子たちは、韓国人の父親と日本人の母親の間に生まれたことから、生まれながらの二重国籍者です。2011年に韓国が部分的に重国籍を認めたため、息子は成人した後も二重国籍を保持できるようになりました。ただ、韓国人男性に課されている徴兵制による兵役義務がネックとなりそうです。金氏の報告からうかがえるのは、国籍というのはアイデンティティーと絡む側面もあれば、権利・義務が発生する法的身分を表すものでもあり、時には実利的な事情で国籍を取得したり、放棄したりすることもあるということです。
高偉俊氏は個人的な経験を通じて議論しました。日本生まれ、日本育ちの娘が日本に帰化した際の手続きの複雑さや時間のかかり方を挙げ、日本で生まれ育った外国籍の子どもたちが、より簡単な方法で日本国籍を取得できる仕組みが必要だと提案しました。こういった子どもたちの多くは、日本にアイデンティティーを置いており、今後も日本社会に貢献していくことから、彼ら、彼女らに日本国籍を与えることが、本人たちのみならず、日本にとっても有益であると主張しました。
参加者は休憩を挟み、会場とオンラインの4つのグループに分かれてディスカッションを行いました。国籍制度自体に疑問を投げかける声が挙がり、国籍が人々を区別する制度として機能する側面について考えられました。また、国籍法改正に関して国の姿勢を批判するだけでなく、国を動かす方法を模索すべきだという意見も出されました。その他、国籍を捨てることがアイデンティティーの一部を捨てることと結びつく可能性が指摘され、日本で国籍が重要な境界線として果たしてきた役割についても議論が行われました。
当日の写真
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/03/SGRACafe21Photos.pdf
アンケート集計結果
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/03/SGRACafe21Feedback.pdf
報告書の全文
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2024/03/SGRACafe2Report_ALL.pdf
<アメリ・コーベル Amelie_CORBEL>
獨協大学フランス語学科特任講師。パリ政治学院政治学研究科博士課程修了(政治学博士)。博士論文「日本の国際結婚の諸規制-ビザ専門の行政書士の役割を中心に」(仏語のみ)。2022年度フランス日本研究学会博士論文賞を受賞。専門は政策過程論、ジェンダー研究、法社会学。2018年度渥美国際交流財団奨学生。
—————————————————————-
【2】寄贈本紹介
SGRA会員で宇都宮大学助教の申惠媛さんより新刊書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。
◆申惠媛『エスニック空間の社会学:新大久保の成立・展開に見る地域社会の再編』
エスニックな観光地「新大久保」の出現は、居住空間としての大久保地域をいかに変容させたのか。定住を要件とする従来の多文化共生論や地域社会像を批判し、住民だけでない多様な人々の共在から成るプロセスとしての、新たな地域社会概念を提起する。
発行所:新曜社
出版年月日:2024/01/31
ISBN:9784788518322
判型・ページ数:A5・352ページ
詳細は下記リンクをご覧ください。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b640719.html
*********************************************
★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。
https://www.aisf.or.jp/kokushi/
●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。
●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。
●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。
●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。
●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/
●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。
関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局
〒112-0014
東京都文京区関口3-5-8
(公財)渥美国際交流財団事務局内
電話:03-3943-7612
FAX:03-3943-1512
Email:[email protected]
Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/
*********************************************