SGRAメールマガジン バックナンバー

CHO You Kyung “AI Music from an Aesthetic Perspective”

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SGRAかわらばん972号(2023年6月8日)

【1】エッセイ:曹有敬「美学的観点からみるAI音楽」

【2】第71回SGRAフォーラムへのお誘い(6月10日、ハイブリッド)
「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」(最終案内)

【3】寄贈書紹介:李軍_編著「『ことばの力』を育む国語科教材開発と授業構築」
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【1】SGRAエッセイ#739

◆曹有敬「美学的観点からみるAI音楽」

私の研究人生は2008年に来日した日本で、「美学(Aesthetics)」という学問と出会ったことから始まる。「美学」という学問を一言で定義するのは容易ではないが、端的に言うと人間はどのようにして「美しいもの」を知覚するのか、そしてその時に働く「感性」はどういうものなのかを考える学問である。それゆえ、人間が営むあらゆるものが対象となりうる。そして、範囲は無限に広がる。そのため、「美学」という学問は時代や国によって議論の中心が思想だったり、芸術だったりしている。また「芸術」の定義が多様化されつつある中で、本エッセイで紹介するような研究も可能なのである。例として人工知能(AI)音楽を美学的観点から見てみよう。

AI音楽とは既存の音楽を大量にAIシステムに入力し、AIがそのデータの分析を基に作り出す類似様式の音楽を指す。例えば、作曲家デイヴィッド・コープが創り出した「AI作曲家エミリー・ハウエル」はベートーヴェンやマーラーなど、昔の作曲家の様式に基づいて数多くの作品を短時間に作ることができる。また、大衆音楽の分野においても、韓国光州科学技術院のアン・チャンウク研究チームが開発した「AI作曲家EvoM」がアルゴリズムを通してKポップを含む様々な大衆音楽を作ってきた。このAIによるほとんどの作品に対して、学問・非学問の領域を問わず、世間はAIの歴史、科学的潜在力、そして商業的価値などといったAI自体の科学技術的側面や実用的価値に主な関心を寄せてきた。しかし、近年では環境哲学者による社会・倫理的問題や美学・哲学の領域におけるポストヒューマニズムの枠組みまで議論は拡張している。

AI音楽と人間との関係から、「美学」の主要概念の一つである「創造性」を再考することができる。西洋芸術音楽すなわちクラシック音楽におけるAI音楽への評価では、AIによる曲は偉大なクラシック作曲家の曲を単純に模倣した趣味の悪い曲だと批判されている。実際AIが作った曲を聞いてみると、確かに「人間作曲家」が作った曲に比べ、作品の質ははるかに劣っているかもしれない。しかし、こういった批判は実は18世紀後半以降問題にされてきた「人間作曲家」における独創性の問題にも繋がっている。18世紀後半に「天才」や「独創性」という概念が台頭したことにより、中世から綿々と行われてきた既存の音楽を用いて作曲する行為が、批判の的となった。

つまり、借用行為自体がオリジナリティーのないものとされたのである。例えば、後期ロマン派作曲家のグスタフ・マーラーの引用技法は彼の生前において「ユダヤ性」――否定的意味として――と結び付けられ、オリジナリティーが疑われたのである。このような傾向は1950~1960年代のモダニズムまで続いていた。常に新しさを求めたこの時期の進歩主義作曲家及び批評家にとっては、調性音楽の使用は「過去への回帰」を象徴するもので、既存の音楽を引用する作法はある種の「汚れた音楽」だった。

AI音楽における「創造性」への熟考は、この問題を再び考えさせるきっかけになるだろう。AI音楽にまつわる1)創造性とは何か2)作曲家の役割は何か3)作品とは何か4)聞き手はどう受け止めるのかといった様々な美学的問いに対して、次のように答えられるだろう。AIに情報を入力する際にその情報を選択するのは「人間作曲家」である一方で、そこから実際に一つの新たな曲を作り出すのはAIである。上述のコープが示しているように、たとえ「人間作曲家」が情報を収集・選択し入力するとしても、AIは予想外の結果物を作り上げることができる。

この原理からAIは「創造性」を有することができる。コープによれば「創造性」は人間の霊感のみに依存するものではなく、機械という他の要因によっても発生する。そして「創造性」はそれを巡る文脈において成立し、また無から生まれるものではなく、他者の作品の合成から生まれるものである。さらに重要なのは「創造性」の有無は美的なものを受容するか、拒否するかを判断する他者の判断に依拠するということだ。こういったコープの主張は「創造性」を完成した作品という結果物ではなく、創造のプロセスから見いだすものである。このAIの「創造性」に関連する議論は、人間の「創造性」をより深く理解するための重要な端緒を提供している。またこのことは、無から新しいものを創造するという近代的神話に縛られたわれわれの鑑賞態度を見直すために、大きな示唆を提供する。

<曹有敬(チョー ユーキョン)CHO_You_Kyung>
東京大学大学院人文社会系研究科に在籍中。2021年度渥美奨学生。日本学術振興会特別研究員DC2(2019年4月?2021年3月)。研究領域は戦後西ドイツ音楽文化、音楽とテクノロジー、現代音楽美学、グスタフ・マーラー研究など、音楽学、美学、文化史学にまつわる学際的研究を行なっている。刊行物としては共著『テクノロジーと音楽の新しい出会い』(2023、韓国語)、「B.A.ツィンマーマンの時間哲学の再考――哲学、文学、音楽の結節点に注目して」『美学』261号(2022、日本語)、共訳『デジタル革命と音楽』(2021、韓国語、2022年度セジョン優秀学術図書に選定)、他多数。

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【2】第71回SGRAフォーラム「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」へのお誘い(最終案内)

下記の通り第71回SGRAフォーラムをハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。オンラインはカメラもマイクもオフのウェビナー形式で開催しますので、お気軽にご参加ください。

テーマ:「20世紀前半、北東アジアに現れた『緑のウクライナ』という特別な空間」
日 時:2023年6月10 日(土)午後2~5時(日本時間)
方 法:会場参加(先着20名)とオンライン参加(Zoomウェビナーによる)のハイブリット開催
会 場:渥美国際交流財団ホール(プログラム参照)
言 語:日本語

※参加申込(クリックして登録してください)
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_R5tHvBp_R8qo6r-uEIWyAQ#/registration

お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] +81-(0)3-3943-7612)

■フォーラムの趣旨

ロシア帝国は中国とのネルチンスク条約、アイグン条約、北京条約によって極東の大きな領土を手に入れることができた。その極東の国境沿いの領土にはあまりにも人口が少なかったため、定住者を増やすことが政治地理的な大きな課題となった。ほぼ同時期の1861年に農奴解放令が発布され、当時ロシア帝国に付属していたウクライナの農奴はやっと農地を手に入れたものの、配給された土地は非常に小さく不満を抱く人が多かった。そこでロシア帝国政府は「帝国の南側から極東に家族ごと移住すれば、かなり大きな農地をもらえる」と宣伝し1870年からロシア革命までに大勢のウクライナ人が極東に移り住んだ。1918年1月にキーウで独立共和国の宣言が行われた時、極東のウクライナ人は「緑のウクライナ」という国を作ろうとしていた。1922年にソ連政権が極東に定着した時、その政権から逃れた100万人のウクライナ人がハルビンなどに移り住み1945年まで留まっていた。
本フォーラムでは、いろいろな民族が住み、さまざまな文化が存在し、新たなアイデアもたくさん生まれていた、20世紀前半の極東アジアに存在した特別な空間について話し合いたい。

■プログラム

◆講演1「『緑のウクライナ』という特別な空間」
オリガ・ホメンコ(オックスフォード大学日産研究所)

1918年1月にキーウで独立共和国の宣言が行われた時、極東のウクライナ人は「グリーンウェッジ」(森が多いので緑、ウェッジは農業ができるところ)と呼ばれていた地域に「緑のウクライナ」という国を作ろうとしていた。1922年にソ連政権が極東にやっと定着した時、その政権の下に住みたくない100万人のウクライナの人はハルビンなどに移り住み1945年まで留まっていたが、「緑のウクライナ」の夢を捨てられなかった。ロシア帝国でマイノリティ―だったウクライナ人は、極東に開拓民として移動し、初めていろいろな民族に対してマジョリティ―になり、初めて多くの今まで知らなった民族や文化に触れ合うことになった。新たなアイデアもたくさん生まれ、ウクライナのアイデンティティーを実感し、自分の国を作ろうとした。極東開発のプロセスで農民以外に、知識人の技師や鉄道関係者もウクライナからやってきた。第一次世界大戦と共に軍人の数も増えた。活発なボランティア活動のおかげで極東満州では20以上のウクライナ語のプリントメディアが出版された。
本フォーラムでは、そのメディアを起こした人達を紹介し、そこで想像されていた「緑のウクライナ」という特別な空間について考えたい。長らく忘れられていた人々―多民族国家の夢を見て「極東のウクライナ人」という新聞を自費出版していた技師のドミトロー・ボロウィックや「満州通信」の編集者だったイワン・スウィットの姿を見ながら「緑のウクライナ」について検討する。

◆講演2「マンチュリア(満洲)における民族の交錯」
塚瀬 進(長野大学環境ツーリズム学部)

マンチュリア(満洲)の範囲は時代によって一定ではなく可変的であった。また、そこに住む人々の移動も激しく、日本のように単一的な人々が長く暮らした時期は少なかった。領域の範囲が変動したこと、住民の移動が激しかった地域の歴史は、民族自決による国民国家の形成という過程を主軸に理解することは難しい。
通説的な理解は、マンチュリアはもともと人口稀薄な場所(「無主の地」とも称された)であったが、中国人の移住が20世紀以降増加し、中華人民共和国の東北三省となり現在に至っているというものである。かかる中華人民共和国の一地域へと収斂されていく方向性、言い換えるならば最終的にマンチュリアは中国に統合され、中国人の地になるという理解は、マンチュリアの多様性を取捨している。中国への統合という側面だけではなく、マンチュリアを主体にした歴史理解を本報告は追究している。こうした議論の方向性は、現在世界各国で生じている多くの紛争の基底にある、同質的な国民国家を形成することが難しい地域の歴史的要因の認識につながる。

◆話題提供1「中国東北地域における近代的な空間の形成:東北蒙旗師範学校を事例に」
ナヒヤ(内蒙古大学蒙古歴史学系)

ハルビン、長春、瀋陽を中心都市とした20世紀前半における中国の東北地域でモンゴル族は文化、教育、出版をはじめとする様々な活動を行なってきた。しかし、自力では強力な活動を展開するのが難しく、各地方政権と取引を行わざるを得なかった。張学良を理事長、メルセを校長とする東北蒙旗師範学校はその典型的な例である。

◆話題提供2「『マンチュリア』に行こう!」
グロリア・ヤン ユー(九州大学人文科学研究院)

20世紀前半のマンチュリア(満洲)には、ロシア・「極東」・モンゴリア、中国(特に華北地方)・朝鮮半島・日本から、さまざまな人々が移住してきた。また、鉄道の発展によって国境を越える旅も盛んに行なった。本コメントは、視覚資料、小説、紀行文などを取り上げ、「マンチュリア」の日常生活空間の多様性を描き出す試みである。また、この「越境する現場」の多様的な空間の視覚表象は、日本帝国の拡張(のちに満洲国の成立)によって取捨され、そして単一化されつつあったことを明らかにしたい。

◆自由討論
司会/モデレーター:マグダレナ・コウオジェイ(東洋英和女学院大学)

※プログラムの詳細は下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2023/05/SGRAForam71Program.pdf

※ポスターは下記リンクからご覧ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2023/05/SGRAFo71PosterLITE3.jpg

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【3】寄贈書紹介

SGRA会員で早稲田大学教育・総合科学学術院講師の李軍さんから編著書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。

◆李軍_編著「『ことばの力』を育む国語科教材開発と授業構築―変革期に問う教材と授業のかたち―」

「言語文化」「古典探究」といった古典・漢文を扱う科目においてどのように「論理的思考力」を育成したらよいのか。学ぶ意義が分からず古典嫌いの生徒が多い中、学習意欲を向上させるにはどう工夫すればよいか。
「論理的思考」を支える「ことばの力」の学習回路を起動する原動力でもある「興味・関心」を喚起する鍵は、学習者の実態把握、そして教材研究、教材開発と授業づくりである。
本書では授業づくりに役立つ開発教材と数々の授業構想を提案し、変革期における教材開発と授業構築の在り方のヒントを提供。

執筆者:李軍、吉田茂、林教子、町田守弘
ジャンル:教育学
シリーズ・巻次:早稲田教育叢書 41
出版年月日:2023/03/30
ISBN:9784762032332
判型・ページ数:A5・180ページ
定価:2,200円(本体2,000円+税)

詳細は下記リンクをご覧ください。
https://www.gakubunsha.com/book/b622626.html

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