SGRAメールマガジン バックナンバー

WU Ching-wen “Life that has Encountered Japanese Literature”

***********************************************
SGRAかわらばん879号(2021年7月15日)

【1】エッセイ:呉勤文「日本文学に出会ってしまった人生」

【2】第16回SGRAカフェへのお誘い(7月17日/京都&オンライン)(最終案内)
「安全であること:環境と感覚、ジェンダー、人種、セクシュアリティから考える」

【3】第29回持続可能な共有型成長セミナー「地域通貨の探求」へのお誘い
(7月27日、オンライン)
***********************************************

【1】SGRAエッセイ#676

◆呉勤文「日本文学に出会ってしまった人生」

高校3年生の頃、国語の先生の薦めで遠藤周作の『深い河』を読み始めた。日本の文学作品の中国語訳が大量に本屋に並べられるようになったのは台湾の戒厳令が1987年に解除された後だった。『深い河』の世界で何かの意味をつかもうとしていた信仰のない私は、この歴史の長河で浮遊する一人の読者に過ぎなかった。

ある日、「国語」の模擬試験のために『紅樓夢』の注釈を探す同級生に付き合って本屋をまわっていたとき、夏目漱石の『吾輩は猫である』のタイトルが面白かったので、手に取って読み始めた。これがきっかけで、『こころ』を読んで日本語文学科の受験を決意。陽射しが暖かくて爽やかな風が吹く故郷を離れて、日本語が学べる台北の大学に進んだ。

漱石の生きていた立身出世と生存競争の明治時代を知れば知るほど、それが台湾の学歴社会にとても似ていると気付かずにはいられない。大都会の大学に進んだ若者たちは、明治時代の学生のように高い物価と悪い居住環境に加えて、人間関係の孤立と社会からの期待にストレスを感じる。特に台北の天候はいつもじめじめしているので、それに気付かずに心身失調になった子が少なくない。

『子どもはあなたの所有物じゃない』という社会批判のテレビドラマが最近、台湾で話題になった。もっと早めに制作されるべきであった良い作品だと思う。社会の地位などにこだわりがない両親のもとで育った自分は、子どもの頃から学校の教育体制に違和感を抱いてきた。特に、都会出身の若者と話す際に、期待に応えることを両親と先生の「愛」と結びつけるという社会の功利的な雰囲気で育てられていることについての認識がより深まった。「これに挑戦して楽しい」よりも、「何者かにならなければならない」という焦りが、若者の間に蔓延している。学歴を重んじる東アジアにおける共通の問題として、これから教育において思索され続けるべき課題だと考える。

博士課程に進学する少し前から、日米安保体制の推進に伴い、米国流の実用を重視する教育体制への調整が始まった。日本の文系排斥運動は台湾の教育圏にも影響を及ぼした。文系が崩壊し始めるこの時代の中で、日本近現代小説を翻訳していた同級生も「文学には何の効用がある?」と言い出すほど、自己内面の混乱を抱えていた。さらに少子化の問題、大学のポスト激減と雇用の不安定化が原因で、とても良い大学に進学する後輩も、博士号を取ってから社会にどう見られるか焦りを感じていた。博士課程の学生を増加させることで文系の需要と供給のアンバランスをもたらした政策の失敗、それに高学歴の無職者に対する社会の軽蔑、院生の自己アイデンティティの喪失が悲劇をもたらし続けるのである。

留学の前後は鬱々とした日々だった。同じ出身の先輩によるソーシャルメディアいじめに遭わされ続けた。ある学会に参加したいと言い出した時点で攻撃され、自分の悪口と噂も同じ分野の人の間に流された。フェイスブックで単純に生活のことをシェアしても嫌味を言われた。何もしていなかったのに、誰かの進路を邪魔しているような罪を着せられた。研究発表の際にもほかの先生を通じて言いつけにきた人がいる。専門分野における留学生の採用率が高くない日本や欧米での就職を勧められ、女性は嫁ぐのが当たり前という旧観念をもつ方から日本で結婚相手を探す男性を紹介されたこともある。他者の欲望を自分の欲望にし、欲しい物に手段を選ばず、利益の衝突があるとすぐ裏切るような人間と「共依存」の(特定の相手との依存関係を強いられる)関係に陥っていたのだと思う。

思い出せば、日本文学の世界に導いてくれた『深い河』の中で、主人公は人生の意味を探すためにインドへ長旅をした。長い間、信仰のない、窮屈な人間関係の中で生きてきた「わたし」も、何を信じるべきなのか、と問いたくなった。

ただ、日本における自分の実存の世界は、自然に恵まれた全く違う居場所である。昔に比べてだいぶ開発されたと聞いたが、受験の前夜もシーンとした大きな森に囲まれて、バス停でガス燈に照らされる綺麗な蜘蛛糸の網を不思議に眺めつつ、心穏やかだった。本屋でもほかの所にない「森と鳥の楽しい生活」コーナーが設けられている。晴れた休日には親子ともに野原を走り回り、魚や鴨に餌をやり、のんびりした生活を過ごす人が多い。同じ院生室の後輩が冗談半分に言っていたが、ここに来た留学生の中で優しくて親切な方が多いのは、大自然に浄化されたおかげかもしれない。

西行や芭蕉を読んで我々がほっこりするのは、おそらく同じような長旅を心の中でたどったからではないだろうか。そう言えば日本文学を知る前に、日本では失恋すると旅に出ると聞いて不思議に思った。失恋と言えば歌とお酒、というのが台湾の通俗文化の世界だった。自分が馴染んできた日本文化の世界が上品すぎて、父母兄弟との間にできた世代差を時々、面白くすら感じる。

<呉勤文(ご・きんぶん)WU_Ching-wen>
台湾大学日本語文学科・修士(2015年・修了)。台湾大学言語センター・日本語講師(非常勤2015~17年)。日本台湾交流協会奨学生(2017~19年度)、渥美国際交流財団奨学生(2020年度)。筑波大学人文社会科学研究科博士(国際日本研究)(2021年・修了)。筑波大学博士特別研究員(2021年度)。2021年8月より台湾大学日本語文学科・專案助理教授。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

【2】第16回SGRAカフェへのお誘い(最終案内)

SGRAでは、良き地球市民の実現をめざす皆さまに気軽にお集まりいただき、講師のお話を伺い議論をする<場>として、SGRAカフェを開催しています。今回は初めて京都を拠点とするハイブリッド形式で、第16回SGRAカフェを開催します。皆さまの積極的なご参加をお待ちしています。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。

テーマ:「安全であること――環境と感覚、ジェンダー、人種、セクシュアリティから考える」
日時:2021年7月17 日(土)午後3時~4時30分
方法: 会場(定員20名)とオンライン(Zoom)開催
会場:Impact_Hub_Kyoto(京都市上京区)
https://kyoto.impacthub.net/access/
言語:日本語
参加申込:下記リンクよりお申し込みください
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_4VHnLNp6TU6FHQm01Bvnlg
お問い合わせ:SGRA事務局([email protected] 03-3943-7612)

■フォーラムの趣旨

日本社会は「安全」だと言われているが、「安全」であるということは何を指しているのだろうか?本イベントでは、様々な立場や視点から「安全」の意味および基準を考え直し、社会的な構造・環境と、その構造が個人に及ぼす影響について対談する。コロナ時代となった現在は社会格差が広がり、弱い立場にいる人たちがより危険な状況に陥りやすくなっている。ジェンダーや人種、セクシュアリティなど、様々な視点と立場から安全および社会における差別・不平等について話し合う。できるだけ多くの人々にとってより安全な社会をつくるために、自分は何ができるのか?自分にとって安全な場所を見つけるために何をすればいいのか?身近な問題から社会的な構造まで、安全について考えてみよう。

性暴力被害者の支援をしている中島幸子氏やBLM活動をしているキナ・ジャクソン氏、シェルター運営者など、さまざまな視点から安全について話し合う。本イベントの目的は、日本にいる人々の経験を知り、「知る」ことから活動につなぐことである。「安全」という単純に思われている概念を考え直し、自分は本当に「安全」と感じているかということを、参加者に考えてもらいたい。自分のまわりを安全にするため、もっと安全な環境を見つけるためにはどうすればいいのか、という実践的な話にまでつなぎたい。

会場とオンライン方式の同時開催で、質問はトークの中で受け付ける。東京の渥美財団ホールともオンラインでつなぎ、渥美奨学生有志がディスカッションに参加する。

下記リンクよりプログラムをご覧ください
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2021/06/SGRA-VCafe16Programfinal3.pdf

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

【3】第29回持続可能な共有型成長セミナーへのお誘い

SGRAフィリピン代表でフィリピン大学ロスバニョス校准教授のマキトさんから、オンラインセミナーのご案内をいただきましたのでご紹介します。

◆「地域通貨の探求」
In_Search_of_Community_Currencies

日時:2021年7月27日(火)
午前9~12時(フィリピン時間)/午前10~13時(日本時間)
方法:Zoomウェビナーによる
言語:英語
申込:https://qr.paps.jp/LmclT
ポスター:http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2021/07/KKK29flyer-rev.png

第29回の持続可能的共有型成長セミナーは、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)とフィリピン大学ロスバニョス(UPLB)公共政策大学院(CPAf)の共催により、オンラインで開催します。
最初の講演は「コミュニティ経済と地域通貨」の著者である栗田健一先生。その他の講演者は、地域通貨を紹介してくださった中西徹先生(東京大学)、UPLBの同僚であるホセフィナ・ディゾン先生と私です。地域通貨は持続可能な共有型成長のメカニズムであると認識して2018年から研究を続けていますが、未だにフィリピンでは事例が発見されていません。このセミナーを通して、地域通貨の可能性をより深く探ることができれば幸いです。言語は英語ですが奮ってご参加ください。

*********************************************
★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方は下記より登録してください。
https://kokushinewsletter.tumblr.com/

●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。
●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。

無料メール会員登録


●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。
●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。
●SGRAエッセイのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/
●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。

寄付について

関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局
〒112-0014
東京都文京区関口3-5-8
(公財)渥美国際交流財団事務局内
電話:03-3943-7612
FAX:03-3943-1512
Email:[email protected]
Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/
*********************************************