SGRAメールマガジン バックナンバー

XIE Zhihai “Is Corona Pandemic a Chance for Regional Revitalization?”

***********************************************
SGRAかわらばん844号(2020年11月5日)
***********************************************

SGRAエッセイ#651
◆謝志海「コロナ禍は地方創生のチャンスとなるか?」

新型コロナウイルスの到来によって、我々の暮らしが一変してしまった2020年。まずは人口密度の高い都心の住民から生活習慣の変更が余儀なくされたのではないだろうか?通勤ラッシュを避けるべく企業が次々と打ち出す在宅勤務は主に大企業が始めたが、在宅勤務のインフラが整っていない会社や、サービス業など在宅勤務が成り立たない人は、どこに浮遊しているかもわからないコロナウイルスに怯えながら通勤していたのだろう。外出すればどこへ行っても「密」を避けられない都会の暮らしがこんなにもネガティブな目で見られるとは。

その間、東京から100キロ離れた私の住む北関東の地方はというと、車社会なので「密」になることはないと呑気なものだった。連日のテレビの報道でコロナコロナと大騒ぎなのが嘘のように、ラーメン屋の行列は道路にはみ出さないようにするため、相変わらず密な行列だった。そして人々は綺麗に真っ直ぐな線を描いていた。こういう時も日本人は日本人だなぁと思った次第である。スーパーやドラッグストアに行けば、コロナ前となんら変わりない人出で、レジもまた密着して並んでいる。(現在は距離を置いた立ち位置を示すシールが床に貼ってあるようになった。) 同じテレビ報道を都会と地方問わず日本全国でしていても、こんなにも受け止め方の差があるように思うのだ。

では、地方の暮らしや生活の実態を、都会に暮らす人はどのくらい把握しているのだろうか?「リモート○○」が定着するかしないかの頃から言われ始めた、都心から地方への移住。これは在宅勤務、あるいは週に一、二度の出勤で残りは在宅勤務で良いのなら狭くて家賃の高い都会ではなく、地方の広い家に住み、用事がある時だけ都心に行けばいいじゃないかという考えで、これにより地方が活性化することも期待されている。今年7月に発売された「週刊東洋経済」のコラムでも1ページを使い「郊外や地方に引っ越して、より広々とした住環境の中で、仕事や子育てを」することについてのメリットをたくさん紹介していた。しかし今地方に住んでいる私としては、地方への移住はそんなにたやすいものではないと思うのだ。

以下にまとめるのは、私の住む市と私の勤務地のある隣の市を実際に見て回ったり、車窓から観察してみたりした今の地方の現状と、コロナ禍において地方移住を考慮するときに知っておくべきことを伝えたいと思う。まず、コロナの影響かどうかわからないが、お店の閉店が止まらない。6月に久しぶりに街を歩き回って大変驚いた。主に個人が開いていた飲食店以外でも、雑貨や衣料品のお店の閉店が多い。しかしそれだけではない。日本の誰もが知っている居酒屋チェーンやファーストフード店もまたどんどん撤退している。撤退時に看板を外していかないので、車でしか移動しない人は閉店したことに気づいていないと思う。

また、「週刊東洋経済」の同じコラムには、都会の人々が地方に移住することにより「例えば副業が認められるのであれば、都市部の会社に対してはテレワークを行いつつ、地元企業にアドバイスをしたり勤務したりする人も出てくるだろう。そうすれば、地方の企業活動の活性化や産業育成という観点でも、プラスの効果が得られる」とあった。これが実現すればなんとも素晴らしいことだが、これは都会に住む人だから言えることではないだろうか?東京から新幹線で1時間足らずのこの土地は、東京と同じようには暮らせないのだ。これは大げさではなく、例えば、仕事終わりに家路に着くまでの間、郵便ポストに手紙を入れ、ATMで現金をおろし、スーパーやコンビニで買い物、その後ドラッグストアにも寄る。こういったことを都会に暮らす人々は特に深く段取りを考えずとも日常的にやっていることだろう。

しかしこの土地はそれぞれの全てが離れている。車でしか辿り着けない所が多いだけでなく、用事を済ませたい場所と場所の距離が離れている上、その間に公共交通機関がない。車でしか移動できないのだ。移ってきたら、まず地元の銀行口座を開き、車を購入しなければならない。なぜなら、この県はメガバンクの支店とそのATMが無いに等しいぐらい少ない。幅をきかすのは地元の地方銀行で、それならどこにでもある。私もとうとう数年前に必要に迫られ、地元の銀行に口座を持った。車も移住後、結局3年以内に購入を余儀なくされた。

転勤/転職ではなく、今回のテーマであるコロナ禍においての地方移住を目的として、想定される現実をシュミレーションしてみよう。例えば、本職は東京にオフィスがあるテレワークで、その合間に地元の企業に貢献すべく担当者と会うとなれば、車が必要であり、そこへ辿り着くまでの時間もかかる。全ての地元企業が駅前にオフィスを構えているとは限らない。ではその地元企業の近くに住まいを構えればいいではないか?とすると、例えば本職の方のオフィスで会議があるなどで出社しないといけない時、最寄りの電車の駅まで家族に車で送ってもらう必要があるだろう。ではせっかく手に入れた車で東京オフィスまで乗り付ければいいと言うかもしれないが、ご存知の通り、高速代がかかるし、都心は駐車料金が高い。

同じく車がらみの話になるが、子育て世代が家族で地方に移住となると、奥さんが車を運転できなければならないし、大半が夫婦で1台ずつ車を持たなければならないだろう。なぜなら子どもの送迎はだいたいがお母さんの役目だ。私の家の最寄り駅の駅前ロータリーは毎朝車から降りてくる制服を着た学生、なかには私服の大学生らしき人も多いが、そうした家族を送るためのちょっとした渋滞がおきている。中高生となるとこれに塾の送迎も加わる。都会でバリバリ働くお母さんが、毎日子どもの送迎に時間を奪われることなど、想像できるのだろうか?

そしてもっと小さい子世代の「子育て」というのもまた都会とは違う。公園というものが住宅地とリンクしていないのもこの土地の特徴で、公園の近くに居を構えていない人以外は、しっかりした公園で遊ばせようとなると、車を出す必要がある。都内によくある、住宅地にぽつんとあるブランコしかない公園、というのがあまりないので、子どもを短時間でも近所の小さな公園で遊ばせる、もしくは小学校高学年ぐらいの子たちが自分たちで近所の公園で遊ぶという光景も、東京とは違い住宅街では見かけない。

また、都会の生活で多く利用されているアマゾンフレッシュやスーパーによる生鮮食品の宅配はほとんど無い。食品の宅配は生協の一択となる。コロナ禍で大層注目を集めたUber_Eatsや出前館は存在すらしていなかった。今年9月中旬からやっと市内でUber_Eatsが始まった。しかし、Uber_Eats がさかんになる前に飲食店がどんどんお店を閉めてしまったら、どうなるのだろう。

そして実はお店だけでなく、家も空いたままのものが多い。昨年、まさに新幹線が停まる駅前にタワーマンションができた。マンション建設と平行して駅からのペデストリアンデッキも延伸させ、駅直結マンションをうたい、建つ前から完売御礼だった。しかし入居が始まっても空き部屋が目立っていた。コロナウイルス感染拡大で様々なメディアでリモートワークや地方移住が話題になり、あのタワーマンションもいよいよ入居者が増えるかと思いきや、家に投函されるチラシにそのマンション広告が部屋タイプも様々に何戸も紹介されていた。「投資用マンション」「投機目的にどうぞ」とうたい文句も添えられていた。現在も相変わらず広告チラシは届いている。

ここまで、地方の現実ばかり書いたが、きっと元々地方出身者にとっては車社会なことなど百も承知だろう。そういう人々にとっては地方移住も抵抗ないだろう。メディアに取り上げられるのは都心の人々がたくさん行き交う映像ばかり、観光地でもないような地方の市町村の実態が見えてこない。気楽に地方移住を高く評価するような事を言う人に限って、都心に住んでいるのではないかと思う程、東京と地方の暮らしは違う。もちろん東京のような大都市に住むのが一番であり「無敵の暮らし」とは言えず、都会で暮らすことの落とし穴のようなものもあるだろう。

たとえコロナウイルスがなかったとしても、地方創生はこの国の重要な課題の一つである。わたしの住む市はこれまで、観光地と特産物の広報活動には力を入れている。これからは住みやすい地、自然災害の少ないエリア等、アピールできるものはどんどん発信して、地方側から都会の人間を呼び込むことも必要であろう。同時に、路線バスの本数を増やすなど、移住者がすぐに町になじめるようなインフラ整備も行うべきだろう。

<謝志海(しゃ・しかい)XIE_Zhihai>
共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

*********************************************
★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別にお送りしますので、ご興味のある方は下記より登録してください。
https://kokushinewsletter.tumblr.com/
●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。
●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。

無料メール会員登録


●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。
●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。
●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/sgra/
●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。

寄付について

関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局
〒112-0014
東京都文京区関口3-5-8
(公財)渥美国際交流財団事務局内
電話:03-3943-7612
FAX:03-3943-1512
Email:[email protected]
Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/
*********************************************