SGRAメールマガジン バックナンバー
Miyanohara Yuto “Fukushima Study Tour Report”
2015年12月3日 18:41:29
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SGRAかわらばん597号(2015年12月3日)
(1)エッセイ:宮野原勇斗「ふくしまスタディツアーレポート」
(2)エッセイ:李鋼哲「【までい】の精神は生きている」
(3)SGRAレポート第73号「アジア経済のダイナミズム-物流を中心に」紹介
(4)会員だより:2015年度・第58回「日経・経済図書文化賞」を受賞!
彭浩著「近世日清通商関係史」(東京大学出版会)
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(1)SGRAエッセイ#476
◆宮野原勇斗「ふくしまスタディツアーレポート」
飯舘村に行き農業をして、人と触れ合って、私が抱いた感想は想像していたよりもシンプルでポジティブなものだった。未来は明るい。素直にそう感じたのだ。
「あるいは自分が被災していた側かもしれない」湊かなえの『絶唱』という本を読み、“被災者”という言葉の持つ偶有性に気づかされた私は、飯舘村に向かう心持ちを新たにした。“被災者”という必然的な事象は存在しない。“被災者”というラベルを見るのではなく、飯舘村の人、1人ひとりの持つ物語に想いを馳せようと決めた。そして、たくさんの人に出会った。
帰村が実現した後の飯舘村再興のために、“ふくしま再生の会”による自主除染後の水田で水稲を育て、その有用性を検証している宗夫さん。古くからの農家の知恵も活かしながら、放射線性物質という現代の科学技術から生み出された負の産物に打ち勝ち、自主除染を成功させた。(しかも彼の作る米は安全というだけでなく、これがまたとても美味しいのだそうだ。)「次の世代に何を残すか」朗らかな笑顔で話しながらも彼の瞳には強い想いが宿っていた。
ピンク色のコルチカムという花が咲き乱れるなかで、金一さんは語った。「水芭蕉、水仙、桜…四季を楽しめるハナゾノをいつか作る」彼は、再生の会のマキバのハナゾノ計画の中心人物だ。飯舘村を美しい花溢れる村にすることで、村に帰ってきた人々や訪れた人々の心を豊かにする。ボランティアや支援者たちが桜に思い思いの名前を付けてハナゾノに植樹している。その苗木たちはまだ細かったが、飯舘村の豊かな復興への第一歩を象徴しているようにも見えた。
「21世紀の地球におけるフィロソフィを作り上げよう」再生の会の目標をそう語った理事長の田尾さん。彼の目指すところは飯舘村の復興だけにとどまらない。科学者、物理学者としての視点から放射線汚染の問題に挑む彼の視界は世界に、未来に広がっていた。放射線による汚染問題、環境問題、農業、地域活性化…彼は飯舘村の復興を通して現代社会の様々な課題を解決の糸口を模索している。
「財政や産業の復興だけでなく、豊かな文化の復興をしたい」稲刈りが終わった収穫祭の席で、村民やボランティアに向けて復興の展望を述べた東京大学院生の聡太さん。彼は将来飯舘村の村長になりたいという。夢に燃える彼を見守る周囲の目はとても温かく希望にあふれていた。
ふくしまスタディツアーに参加して、学んだことは数多い。被災地の現状はもちろんだが、放射線による汚染問題や復興の方向性、今後の農業のあり方など、復興のその先を見据えた視界を一部分ではあるが共有することができた。また、同ツアーに参加した渥美国際交流財団の外国人研究者の方々と話す中で、日本人以外の人の意見や様々な学問分野の知見等を得ることもできた。実際に再生の会の方々と協働作業をすることも多く、稲刈りを始めとする農業の大変さや収穫の充実感も体験的に実感することができた。
これから社会に出て働く私に多くの刺激と縁と、未来を担っていくものとしての責任感を与えてくれた本ツアーに感謝したい。飯舘村、そしてそこで出会った人々が感じさせてくれた未来と希望を必ず社会に還元していきたい。
<宮野原勇斗(みやのはら・ゆうと)MIYANOHARA Yuto>
大阪大学人間科学部人間科学科臨床死生学・老年行動学講座学部4回生。伊藤謝恩育英財団奨学生。宮崎県出身。
(2)SGRAエッセイ#477
◆李鋼哲「【までい】の精神は生きている」
「飯舘村の人々は原発被害に立ち向かって一所懸命闘っている。彼らは【までいの力】(「までい」とはこの地方の方言であり、漢字では「真手」と書く。両手を動かして頑張れば、いかなる困難も乗り越えられるとの意味)を発揮し、【までいの精神】でふるさとの再建に立ち向かっている。その精神に感銘を受けました。」
これは、3年前(2012年10月19~21日)にSGRA(関口グローバル研究会)の第1回福島被災地ツアーのレポートに書いた感想文の一部である。SGRAはその後も毎年このツアーを催してきたが、私は都合がつかず、3年ぶりに再び被災地に入ることができた。
今度のツアーは10月2~4日の3日間で、前回と同じように飯舘村に向かった。秋晴れの天候に恵まれ、有名な観光地へツアーする気分とさほど変わらない。違うのは、3年前に出会った菅野宗夫さんご家族と村人達、そして田尾さんたちの「ふくしま再生会」のメンバー達と再会できるという思いが、久しぶりに里帰りする気分にさせると同時に、被災地復興が進んでいるだろうとの期待感を抱きながら、福島駅からレンタカーに乗って飯舘村に向かった。
ところが、被災地に近づき車窓から見えるのは、黒いビニール袋詰めの除染土が田んぼの真ん中に並べられ、また積み上げられた、ゴミの野原ばかりであった。「あのゴミ袋はどうするのですか?」と田尾さんに聞いたら、「分かりません。国が莫大なお金を投入して除染作業を進めていますが、除染土を何処に処分するかはまだ決まっていないようです」。
震災と原発災害で日本全国の原発稼働を一時期停止したが、廃棄物処理の方法が見つからないまま進めていた原発を、政府は再開するという不思議な暴挙。国民が怒っていても無視される日本の政治。除染土の処理方法が見つからないまま、やたらに莫大な規模(約3兆円規模だという)の国民の税金を使って、進めている除染作業。しかし、それは被災地の人々に復興の希望すらも与えない。被災地の人々の独自の復興事業には目も耳も貸さないで、ゾンビが野原をやたらに歩き回るような幻の「震災復興策」。日本国民の多数が納得しているのだろうか?
里帰りの気分は吹っ飛ばされ、心の中から怒りが込み上げてくる。日本の政治、行政がここまで堕落していることを、改めて深く感じた。
とはいえ、飯舘村に入り、菅野さんの家に着き、再生実験で栽培した黄金色の稲の田んぼと野菜栽培のビニールハウスを見たら、なんとか里帰りした気分になった。そして、被災地がわずかでありながら復興に向かっていることを確認できた。
近くの田圃や畑には「ふくしま再生の会」の飯舘村再生モデル事業の「イネ栽培実験田」がある。実験用で栽培した稲が3年前は田圃に干され、それはただの実験用に提供されるものだったが、今度は、その稲刈り作業を皆さんと共同で行うこともできた。我々が刈った稲(米)は、検査を受けて安全が確認されれば、仲間内での食用になるという。
昨年収穫された米も、検査の結果は基準値以下で安全性が確認されている。今年も検査に合格して、12月になったら、われわれもこの米を食べられるかも知れない。
また、実験用ビニールハウスでイスラエルの技術である「点滴水耕栽培」で作られた菜っ葉類をご馳走になった。この「点滴栽培」による菜っ葉作りも見事に成功して、通常の基準値以下の放射線量をクリアーし、安全性が確認されているそうだ。
全国または外国では、未だに風評被害で福島産の農産物が敬遠されるなかで、我々は何の心配もなく、被災地この飯舘村で作った米と野菜を食べる日が、いつかくるだろう。多くの住民が避難し、他の地域に移住し、自分の故郷に戻って昔ながらの生活ができない情況のなかで、ここ飯舘村の菅野さんたちの努力と「ふくしま再生会」の応援で一筋の希望の光が見えてきた。「までいの精神」は生きているのだ。
百聞は一見に如かず。私だって、ここに来なければ、5年経っても10年経っても、福島産の農産物を絶対に口にしないだろうと想像した。今では福島産でも平気で買って食べることができるようになった。
3年前と同じように、線量計を携帯し、ところどころで放射線量を測りながら回ってみた。原発事故の30キロ圏の近くの立ち入り禁止区域まで移動し、そこで測ったら放射線量は最高約25マイクロシーベルトで、3年前の最高31マイクロシーベルトに比べると若干下がっていた。雨や風などにより放射線は土に染みこんだり、他の地域に飛んだりしていたということ。
自分たちの方法で除染作業を行い、そこに農作物だけではなく、「桜の園」を作って、全国の支援者達にさくらの木を植えてもらい、毎年そこで花見ができるような事業を考えた金ちゃんの発想もユニークで魅力的だった。
人間とは逆境に立たされたときにこそ、その精神力の強さが見えてくる。ここ飯舘村での「までいの精神」を再確認しながら、「里帰り」のツアーは終了した。来年もまた里帰りしてこの山の中で花見大会をしたいなと思いながら、「さようなら飯舘村!」。
<李 鋼哲(り・こうてつ)Li Kotetsu>
1985年中央民族学院(中国)哲学科卒業。91年来日、立教大学経済学部博士課程修了。東北アジア地域経済を専門に政策研究に従事し、東京財団、名古屋大学などで研究、総合研究開発機構(NIRA)主任研究員を経て、現在、北陸大学教授。日中韓3カ国を舞台に国際的な研究交流活動の架け橋の役割を果たしている。SGRA研究員。著書に『東アジア共同体に向けて――新しいアジア人意識の確立』(2005日本講演)、その他論文やコラム多数。
★SGRAふくしまスタディツアー報告は下記リンクよりご覧いただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/news/2015/5388/
(3)SGRAレポート紹介
SGRAレポート第73号を発行いたしましたのでご紹介します。本文はSGRAホームページよりダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様には冊子本をお送りいたしましたが、その他の方で冊子本の送付をご希望の場合は事務局までご連絡ください。
◆レポート第73号「アジア経済のダイナミズム-物流を中心に」
第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム講演録
2015年11月10日発行
<目次>
【はじめに】
金雄熙(キム・ウンヒ、仁荷大学国際通商学部教授)
【基調講演】「アジア経済のダイナミズム」
榊原英資(さかきばら・えいすけ:インド経済研究所理事長・青山学院大学教授)
【報告1】「北東アジアの多国間地域開発と物流協力」
安秉民(アン・ビョンミン:韓国交通研究院北韓・東北亜交通研究室長)
【報告2】「GMS(グレーター・メコン・サブリージョン)における物流ネットワークの現状と課題」
ド・マン・ホーン (桜美林大学経済・経営学系准教授)
【ミニ報告】「アジア・ハイウェイの現状と課題について」
李鋼哲(リ・コウテツ、北陸大学未来創造学部教授)
【質疑応答】
進行および総括:金雄煕
討論者:上記発表者、指定討論者(渥美財団SGRA及び未来人力研究院の関連研究者)、一般参加者
<ダウンロード>
SGRAレポート73号(本文1)
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2015/11/SGRAreport73_1.pdf
SGRAレポート73号(本文2)
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2015/11/SGRAreport73_2.pdf
SGRAレポート73号(表紙)
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2015/11/SGRAreport73Cover.pdf
(4)会員だより:2015年度・第58回「日経・経済図書文化賞」を受賞!
◆彭浩著「近世日清通商関係史」(東京大学出版会)
SGRAかわらばん573号(2015年6月18日配信)でご紹介したSGRA会員で東京大学史料編纂所特任研究員の彭浩さんのご著書が、第58回日経・経済図書文化賞を受賞されました。この賞は過去1年間に出版された経済図書の中で特に優れた図書に贈られるものです。おめでとうございます!
https://www.jcer.or.jp/bunka/bunka.html
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★☆★SGRAカレンダー
◇第15回日韓アジア未来フォーラム(2016年2月13日東京)
「これからの日韓の国際協力-ODAを中心に」<ご予定ください>
◇第6回日台アジア未来フォーラム(2016年5月21日高雄)
「東アジアにおける知の交流―越境・記憶・共生―」
http://www.aisf.or.jp/sgra/combination/taiwan/2015/4439/
発表論文の投稿は締め切りました。
◇第3回アジア未来会議「環境と共生」<発表要旨募集中>
(2016年9月29日~10月3日、北九州市)
http://www.aisf.or.jp/AFC/2016/
一般の論文・小論文・ポスター(要旨)の投稿締め切りは2016年2月28日です。
☆アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。
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