SGRAメールマガジン バックナンバー

[SGRA_Kawaraban] Takeshi Kawasaki “Beyond Westphalia”

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SGRAかわらばん541号(2014年10月29日)

【1】エッセイ:川崎 剛「ウェストファリアの向こう側」

【2】第6回SGRAカフェへのお誘い(12月20日東京)
  「アラブ/イスラームをもっと知ろう」
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【1】SGRAエッセイ#428

■ 川崎 剛「ウェストファリアの向こう側」
——第2回アジア未来会議のプールサイドから

会議に参加する皆さんの2 日前にバリ入りして、ホテルのプールサイドで潮風を楽し
んでいたら、ベルギーからやってきたヴォルフガング・パペさん(Dr. Wolfgang
Pape)と知り合った。飛行機の便の都合で会議のだいぶ前に着いてしまったそうだ。
欧州連合(EU)で長く働いた法律家。その日は夜遅くまで(プールサイドからバー
に移って)、アジア(特に東北アジア)のことや欧州(特にEU圏)のことを話し
た。お酒抜きでウェルカム・ドリンクのチケットで出てきたトロピカルジュースを飲
みながら。

国際情勢について、お互い勝手に意見をぶつけあったのだが、僕がウェストファリア
条約に触れた時、パペさんの雰囲気が何となく変わった。少しだけ語気を強めて
「ウェストファリアはもう古い。ウェストファリア体制は終わったんです」と語っ
た。欧州統合で欧州人はウェストファリア体制のくびきから解放されたんだ‥、人々
は自由に移動できる‥、世界は変わりつつある‥、アジアはまだかもしれないけれど
‥。(それは正しい方向だという確信を彼に感じた。)

1648年にドイツのウェストファリアで三十年戦争の講和条約が結ばれた。これがウェ
ストファリア条約として主権国家や内政不干渉などの原則をうたい、その後の国際法
を規定したというのが、僕たちの理解だ。絶対主義も帝国主義も、米ソ冷戦も9・11
ですら、見方はいろいろあるだろうが、ウェストファリア体制下の国際秩序のもとで
の出来事だった、らしい。多くのアジア諸国も当然、何らかの形で欧米中心の国際秩
序に組み入られ、その中で植民地時代を経験し、独立を達成し、そして新興国家とし
て発展してきた。

パペさんが「ウェストファリアはもう終わった」と語った文脈は、欧州の秩序確定以
来370年以上続いてきた西欧の国家主義は緩んで、融和に向かうEUの実験は後戻り
することはない、人類は欧州の達成をスタートラインにして、歴史を前に進めるんだ
‥という意思を日本人(アジア人か)にもう一度思い起こさせたかったのだろう。E
U圏内の「国境」はなくなり、統一通貨は実現した。ウェストファリア体制は次の何
かに変わらねばならない‥。

2014年8月22日に始まった第2回アジア未来会議の基調講演に立ったのは、シンガポー
ル外務省のビラハリ・コーシカン無任所大使(Bilahari Kausikan)だった。「数百
年間にわたって途上国が西欧の価値と制度を基準として受け入れさせられてきた世界
の再編が起きている。そして、その中心は中国であり、中国がどのように変化するに
しろ、それは中国独自の特性を持つ変化だろう」。コーシカンさんは、中国のさまざ
まな「問題」を注意深く指摘しつつ、中国を中心にした新秩序を受け入れざるをえな
い東アジア(そして世界)の未来図を描いた。

ウェストファリア体制がなくなっても、世界には別のウェストファリア(のようなも
の)ができてくるのかも知れない。まだ形はよくわからないけれど。

会議2日目の分科会では、「これからの日本研究」に参加した。10分もらったけれど
早口なので、多分6分くらいで終わってしまったと思うが、「概論への意志」という
ことを話した。

SGRAに集まっている多くの若い学者が、スペシャリストであると同時にジェネラリス
トを指向し、早い段階で(協同でいいから)概論を試みること。新しく作られる概論
は国際性、同時代性をきっと持つだろうこと。概論は一般の読者にアクセス可能な知
の第一歩になりうるのではないか、ということ。

国際関係のもつれた糸をほぐす時に「歴史を忘れない」とよく言われる。その通りな
のだが、最近僕はこうも考えるようになってきた。2015年は、日中・日米戦争に日本
が負けてから70年にあたる。戦争をはさむ歴史を生きた人々はとても少なくなってい
る。そして、歴史を知らないことに不都合を感じなかったり(多い)、歴史を恣意的
に解釈したりする人々(ときどきいる)が増えてきた。だから、歴史は思い出される
だけでなく、新しい世代によってリバイズされてもいいと思うのだ。(書き直すとい
うと、誤解を招くだろう)。

村上春樹はさまざまな場所で、歴史について「集合的記憶」という表現を使ってい
る。たとえば‥。

「僕らの記憶は、個人的な記憶と、集合的な記憶を合わせて作り上げられている」と
天吾は言った。「その二つは密接に絡み合っている。そして歴史とは集合的な記憶の
ことなんだ。それを奪われると、あるいは書き換えられると、僕らは正当な人格を維
持していくことができなくなる」(村上春樹『1Q84』BOOK 1、 pp. 459-460、
2009年、新潮社)

プールサイドでパペさんと、欧州の諸国民がその予兆にまったく気づかないまま、泥
沼にはまりこんでしまった第一次世界大戦の話になった。1914年のサラエボ事件から
100年。パペさんは欧州で評判になっている本を紹介してくれた。「Christopher
Clark, “The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914,” 2013,
Penguin」。
 
帰国後紀伊國屋で見つけたので買った。クリストファー・クラークはケンブリッジ大
学の現代史(Modern History)の教授。細かい場面を精密に浮かび上がらせるととも
に、大きな流れを読者にうまくつかませることに成功した、同世代人による見事な概
論だと僕は思う(拾い読みしかしていないのだけれど)。欧州人は、「すべての戦争
を終わらせるための戦争」と呼ばれた第一次世界大戦に、夢遊病者(sleepwalker)
のようにさまよい歩いて入っていき、気がつくとそこから逃げることができなくなっ
ていた。

歴史を生きた人々がいなくなる。歴史を新たに生きる者たちは、歴史を書き継ぐとと
もに、時々リバイズして、僕たちにわかり、僕たちに読める歴史を書かなければなら
ないと思う。もし僕たちが夢遊病者だとしたら、目を覚ますために。今度若い人たち
と歴史について話してみたい、と思っている。

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<川崎剛(かわさき たけし)KAWASAKI Takeshi>
元朝日新聞アジアネットワーク(AAN)事務局長。早稲田大学教育学部卒。朝日新聞
の社会部員、外報部員、アメリカ総局員(ワシントン特派員)、ナイロビ支局長(ア
フリカ特派員)、外報部次長、オピニオン編集部次長、ジャーナリスト学校主任研究
員などを歴任。1999-2000年スタンフォード大学ナイトフェロー。2010-11年マスコミ
倫理懇談会東京地区幹事。2014年7月よりフリー。津田塾大学非常勤講師。
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【2】第6回SGRAカフェへのお誘い

■「アラブ/イスラムをもっと知ろう:シリア、スーダン、そしてイスラム国」

SGRAでは、良き地球市民の実現をめざす(首都圏在住の)みなさんに気軽にお集まり
いただき、講師のお話を伺う<場>として、SGRAカフェを開催しています。今回は、
「SGRAメンバーと話して世界をもっと知ろう」という主旨で、シリア出身のダル
ウィッシュ ホサムさんと、スーダン出身のアブディン モハメド オマルさんを囲ん
で座談会を開催します。

参加ご希望の方はSGRA事務局へお名前、ご所属、連絡用メールアドレスをご連絡くだ
さい。
SGRA事務局: [email protected]

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日時:2014 年12月20日(土)14時〜17時
会場:鹿島新館/渥美財団ホール(東京都文京区関口3-5-8)
http://www.aisf.or.jp/jp/map.php
会費:無料
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(会場が今までと変わりましたのでご注意ください)

講師からのメッセージ:

■ダルウィッシュ ホサム Housam Darwisheh
「変貌するシリア危機と翻弄される人々」

シリアは今、未曾有の人道危機に直面しています。3年におよぶ戦闘により、死者は
20万人を超え、難民は400万人、国内避難民は1,100万人にのぼり、近隣諸国はシリア
難民の受け入れに対応できていません。 アサド体制と反体制派の多様なグループに
よる戦闘が各地で続き、アメリカを中心とする有志連合がシリア北部で「イスラム
国」に対する空爆を行い、シリア危機はますます複雑な様相を見せています。日ごと
に悪化する状況から脱する道は見えないままです。本発表では、シリア危機を取り上
げ、壊滅的な内戦に陥った背景、内戦の現況と今後の見通しについてお話しします。
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1979年、シリア(ダマスカス)生まれ。2002年、ダマスカス大学英文学・言語学部学
士。2006年、東京外国語大学大学院地域文化研究科平和構築・紛争予防プログラム修
士。2010年同博士。東京外国語大学大学院講師・研究員を経て、2011年よりアジア経
済研究所中東研究グループ研究員。
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■アブディン モハメド オマル Mohamed Omer Abdin
「なぜハルツームに春がこないか?:バシール政権の政治戦略分析を通して」

2011年に中東地域で始まった民主化要求運動(アラブの春)は、長い間続いてきた独
裁体制の崩壊、内戦ぼっ発、中央政権の弱体化等、様々な結果をもたらしました。国
によって、同じ運動が、なぜこのように多彩な結果をもたらしたかは、近年の国際政
治研究者の大きな関心事となっています。一方で、アラブの春の影響をほぼ受けな
かった地域も存在します。本発表では、中東の周辺地域に位置するスーダン共和国を
事例に、現政権が、アラブの同国への波及を防止するために、どのような戦略をとっ
てきたかを、スーダンを取り巻く内部的、外部的情勢の分析を通して明らかにしま
す。
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1978年、スーダン(ハルツーム)生まれ。2007年、東京外国語大学外国語学部日本課
程を卒業。2009年に同大学院の平和構築紛争予防修士プログラムを終了。2014年9月
に、同大学の大学院総合国際学研究科博士後期課程を終了し、博士号を取得。2014年
10月1日より、東京外国語大学で特任助教を務める。特定非営利活動法人スーダン障
碍者教育支援の会副代表。

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● SGRAカレンダー
【1】第8回SGRAチャイナフォーラム<参加者募集中>
「近代日本美術史と近代中国」(2014年11月22/23日北京)
 http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/8sgra.php
【2】第6回SGRAカフェ<参加者募集中>
「アラブ/イスラームをもっと知ろう」(2014年12月20日東京)
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/6sgra.php
【3】第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム
「ダイナミックなアジア経済—物流を中心に」
(2015年2月7日東京)<ご予定ください>

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