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LI Kotetsu “Will the Tumen River Golden Delta Development be in the spotlight anew?”

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SGRAかわらばん1023号(2024年7月4日)

【1】エッセイ:李鋼哲「図們江ゴールデン・デルタ開発は新たに脚光を浴びるのか」

【2】国史対話エッセイ紹介:福間良明「歴史学と社会学のはざまで」
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【1】SGRAエッセイ#770

◆李鋼哲「図們江ゴールデン・デルタ開発は新たに脚光を浴びるのか」

2024年6月19日、朝鮮民主主義人民共和国(略称「朝鮮」、日本では「北朝鮮」と呼ぶ)を訪問していたロシアのプーチン大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長との間で『包括的戦略パートナーシップ条約』が締結された。軍事同盟に近い「互いの国が第三国から攻撃された場合には互いに支援する」という項目が盛り込まれた。合意文書には「図們江※に架かる国境道路橋の建設に関する」両国政府間の合意も含まれたという。5月16~17日に国賓として訪中したプーチン大統領は習近平国家主席と会談し、共同声明を発表した。その中で、プーチン大統領は「(中露)両国は図們江下流域を航行する中国船舶の問題について朝鮮民主主義人民共和国と建設的な対話を行う」と約束した。

私の専門である図們江ゴールデン・デルタの国際開発が、朝露関係の変化で転機になる可能性が出てきた。33年前の1991年9月に中国・長春で開催された「東北アジア経済フォーラム」には、東北アジア6カ国から代表や専門家たちが参加したが、中国・吉林省代表が「図們江ゴールデン・デルタの国際開発」構想を提案し注目を集めた。94年には国連開発計画(UNDP)が現地調査をしてリポートを提出し、開発計画を多国間協力プロジェクトとして進めることが決まった。1995年、このプロジェクトを実行するためにニューヨークに図們江事務局(Tumen_Secretariat)を設置し、関係5カ国(中国、ロシア、朝鮮、韓国、モンゴル。=日本はメンバーになることを断った)からスタッフを派遣し運営していたが、翌96年には北京に事務局を移転し現在に至る。

私は1991年に来日し94年に大学院に入学した頃、この情報に接した。そして、図們江開発プロジェクトを研究テーマとして決めた。このテーマは私にとっては特別な意味があると思い、私の生涯の課題、歴史的な使命として受け取り、30年間研究してきた。というのもこの開発計画の中国側の延辺は私の故郷であり、朝鮮半島は祖先の国であり、2つの言語に恵まれているだけではなく、北京の大学院ではロシア語を独学していたので、3か国語が分かる自分にとっては二度とない貴重なチャンスだったと思ったからである。

アルバイトで生計を立てる状況にもかかわらず、95年夏休みには現地を訪問。コロナ禍前までほぼ毎年現地調査をした。延辺は故郷であり、延吉市から120キロ先に琿春市があり、そこから30~40キロ先の防川村まで足を運ぶ。その先はロシアと北朝鮮の領土で、展望台からロシアのポシェト港、図們江の対岸は北朝鮮、15キロ先は日本海が肉眼で見える。現在では有数な観光地になり、近くには国連公園までできている。防川から図們江に架けられた約500メートルの橋を渡って、北朝鮮の羅津・先鋒に3回も調査訪問し、バスで陸路からロシアのウラジオストックにも2回訪ねた。

2002年に中国政府が「東北大振興政策」を打ち出したが、図們江から日本海への出口が確保されたら、プロジェクトに新しい機運が生まれるだろう。23年9月7日に習近平主席が黒竜江省ハルビン市で「新時代の東北全面振興を推進する」という座談会を開いた。すると、それに呼応するように9月11~13日にウラジオストクで開催した「東方経済フォーラム」で、プーチン大統領は「ロシアは極東の重点開発戦略に着手する」と宣言した。

ただし、ロシアがどこまで本気なのか疑問もある。ロシアはなぜ米国の同盟外交に対抗して中国との同盟関係を進めないのか。報道によるとロシアの国会議長は、米国との協力関係ができるのであればロシアは中国の台頭を抑えたい、と発言しているという。中露関係はとても親密のよう見えるのに、米国中心の西側同盟に対して、こちらは同盟を作らないのはなぜだろう。両国の心底に不信感があるからだろう。

かつてプーチン大統領と胡錦濤国家主席両首脳による政治決着で、2004年10月14日に最終的な中露国境協定が締結されたが、それ以前に中国側は図們江の防川から日本海までの15キロの領土を譲ってもらい、その代わりに新疆の領土の相当な部分をロシア側に譲渡すると提案したと言われている。ロシア側がその提案を受け入れなかったことから推理すると、両国首脳は「中露関係は『上限なき協力関係』である」と言いながらも、お互いに相手を牽制していることが窺える。

中国のロシアに対する不信感は歴史が長い。1689年清国はロシアとの間で「ネルチンスク条約」を締結し、シベリア東部と極東地域は中国の領土だと決めた。しかし、1840年アヘン戦争に始まる西欧列強の中国侵略と勢力圏分割の流れに乗ったロシア帝国は、強い軍事力を後ろ盾に1860年に清朝との間で「愛琿条約」と「北京条約」を締結し、清国から約160万平方キロメートルの領土を奪ったと中国の歴史教科書で教えている。2008年に国境画定協定が結ばれ、約4,300キロの国境が最終的に確定した際は、中国のネット世論は失った領土を認めたのは「売国行為」だと政府を批判した。

今年5月の習近平主席とプーチン大統領との会談で、「図們江から日本海への出口を確保したい」という中国側の提案に対して、プーチンは「金正恩さんと相談して解決したい」と応答した。それが今回の朝露首脳会談と「共同宣言」の中に盛り込まれ、図們江に鉄道橋に加え新しい道路橋を建設することが決まったという。防川から船で日本海に出るという中国側の念願は達成できるのか、ロシアと中国、ロシアと北朝鮮の間で詳細に関してどう話し合っているのか、今のところ分からない。ただし、中国側の日本海へ自由に出入りしたい30数年来の念願に対してプーチン氏は満足できる回答を出していないのは事実である。朝露間の准同盟条約の締結を含め諸合意に対して、中国側がどう思っているのか推移を見守るしかない。

朝露間の同盟が中朝同盟にどのような影響を及ぼすのか、5月の訪中でプーチン大統領は習近平主席と事前に協議して了解を得ていたのか、それとも中国を蚊帳の外に置いているのか、今までの情報では知るすべがない。中朝露の三角関係が微妙に変化していることが東北アジア地域の地政学をどう変えていくのか、さらなる観察と分析が必要であろう。

※図們江:国連の公式名称はTumen_River、日本語では「とまんこう」、中国語ではTumen-jiang、朝鮮語では豆満江

<李鋼哲(り・こうてつ)LI Kotetsu>
1985年北京の中央民族大学業後、大学院を経て北京の大学で教鞭を執る。91年来日、立教大学大学院経済学研究科博士課程単位修得済み中退後、2001年より東京財団、名古屋大学国際経済動態研究所、内閣府傘下総合研究開発機構(NIRA)を経て、06年11月より北陸大学で教鞭を執る。2020年10月1日に一般社団法人・東北亜未来構想研究所(INAF)を有志たちと共に創設し所長を務め、日中韓+朝露蒙など多言語能力を生かして、東北アジア地域に関する研究・交流活動を幅広く展開している。SGRA研究員および「構想アジア」チームの代表。近著に『アジア共同体の創成プロセス』、その他書籍・論文や新聞コラム・エッセイ多数。

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【2】国史対話エッセイ紹介

4月27日に配信した国史対話メールマガジン第56号のエッセイをご紹介します。

◆福間良明「歴史学と社会学のはざまで」

大学で専任職に就いて20年、大学院に入ってからでも四半世紀あまりが過ぎた。その間、「戦争の記憶」や「格差と教養」の戦後史、知とナショナリズムの近現代史を主たる研究テーマにしてきた。とはいえ、自分の専門を「歴史学」と名乗ることはなく、あくまで「歴史社会学」としている。

歴史学であれば、手垢のつかない文書を掘り起こし、限られた対象や時期に特化しながら、精緻に「史実」を突き詰めることに重きが置かれるように思う。こうした学問的な営みには惹かれるし、「憧れ」もあるのが正直なところである。だが、自分自身の研究を振り返ると、そのような意味での「歴史学」からはやや離れていることも自覚している。自著では半世紀以上の長いスパンを扱うことも少なくない。これまで誰も手を付けなかった史資料を探すのは好きだが、そればかりではなく、比較的入手しやすい当時のメディア言説を扱うこともある。

かといって、社会学に思い入れがあるというわけでもない。何らかの社会学理論を援用して説明するよりは、史料に浮かび上がる時代や社会の様相を実証的・帰納的に読み解くことのほうに、興味関心がある。「歴史社会学」のなかでも、理論志向がつよい研究者は少なくないが、私自身は理論化よりは史資料的な裏付けを重視したいと考えている。端から見ればどうかわからないが、自分自身の位置づけとしては、「歴史学寄りの歴史社会学」あるいは「歴史学と歴史社会学のあいだ」といったところである。このような興味関心に至ったのも、これまで社会学・メディア研究と歴史学・思想史のあいだで揺れ動いた経歴が関わっているように思う。

全文は下記リンクよりお読みください。
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