SGRAメールマガジン バックナンバー

Max Maquito “Manila Report 2022 Early Summer: Thrice, My People Wept”

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SGRAかわらばん922号(2022年5月26日)

【1】エッセイ:マックス・マキト「マニラ・レポート2022年初夏」

【2】寄贈書紹介:『メディアがひらく運動史』
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【1】SGRAエッセイ#707

◆マックス・マキト「マニラ・レポート2022年初夏:Thrice,_My_People_Wept」

フィリピン大統領選挙が迫ってきた昨年暮、この国の政治体制について僕自身の考えが変わったことに気づいた。きっかけはコロナ禍のストレス解消で始めた職場のアマチュアのオンライン合唱団の仲間から、インターネットで盛んに聴かれているある歌の動画が紹介されたことだ。ハリウッドのミュージカルに興味がある方は誰でもご存知の「レ・ミゼラブル」の歌をタガログ語に翻訳したものだった。名前こそ出さなかったが、フィリピン大学ロスバニョス校が大学を挙げて応援している大統領候補のためにこの曲を歌おうという意図は見え見えだった。合唱団のメンバーは話し合い、「楽譜や歌詞や練習材料があるからやりましょう、一緒に歌いましょう」と決定した。紹介者の意図とは異なり、特定の候補者のための選挙運動ではない中立的なものとして、合唱団の7番目の演奏曲の練習と動画制作が始まった。

中立的な立場を守る決意は、我が合唱団の標語である「多様性の中の調和」に基づいている。合唱団が演奏する曲はできる限り4つの声(ソプラノ、アルト、テノール、バス)から成り立つことで、多様な音声(ボーカル)から1つのハーモニーを作り出すという意味合いがある。「SGRAかわらばん」読者の皆さんはご存知のように、これはSGRAと渥美財団の標語にもなっている。「多様性の中の調和」に沿っていれば政治的な意見の違いで入団を断ることは絶対にないし、特定の候補者のための選挙活動もしない。

今度の選挙について考えさせられたのは、次期大統領を誰に委ねるべきかということではなく、フィリピンの民主主義そのものであった。それこそが第7演奏曲の主題である。

冒頭で述べたミュージカルの原作であるヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』は民主主義革命で激変した19世紀フランスが舞台であり、フィリピン人にとっては1980年代のマルコス独裁政権と戦った革命に通じるところがある。第7演奏曲の動画では、最初にフィリピンとフランスの国歌が部分的に似ているところを取り上げる。次にフィリピンが東南アジアにおいて一番古い民主主義国でありながら、何かが壊れているという論文が紹介される。

プロローグが終わると、レ・ミゼラブルの映画と1986年のエドゥサ革命(マルコス政権の崩壊を導いた)の映像を交互に見せながら、「民衆の歌が聞こえるか」を合唱する。背景の映画とエドゥサの場面には共通点がある。幸せそうに国旗を振る国民たち。女性も子供もいる。太鼓を叩いて行進、高い場所から眺めている野次馬。そして、兵隊と市民が平和に繋がる道にあふれている。エドゥサの無血革命は有名になり、ベルリンの壁の崩壊やアラブの春のようなピープルパワー革命に例えられた。

第7演奏曲の動画には僕なりの政治的メッセージも入れた。1980年代から2020年までのASEAN諸国の一人当たり国内総生産(GDP)の変化が表示された。こぶしを挙げた子どもが画面に映った時、統計の動きが止まる。2020年、フィリピンはベトナムに追いつかれた。フィリピンに真の民主主義が健在であったら、このようにはならなかったはずだ。民主主義である以上、国民全員の幸せが追及されるべきである。ところがフィリピンは成長が鈍く、未だに貧富の格差が大きい。共有型成長が実現されないのはなぜなのか。ある米国の政治経済学者の分析によれば、それこそが問題。格差が酷い社会では1人1票より、1ドル1票になりがちなのだ。結果として政治的決定権は人口比率が少ない上層階級にあり、政治方針を左右する。

「民衆の歌が聞こえるか」では「明日が来れば!」という歌詞が2回も歌われている。それに便乗して「未来は明日から始まるが、そこで終わらない」と長期的な努力が必要なことを強調した。続いて「国造りは投票所から始まるが、そこで終わらせるべきではない」、最後にケネディ元米大統領の演説の動画とその有名な言葉「国家が諸君のために何をしてくれるかを求めず、諸君が国家のために何をできるかを求めよ」を映すことによって、フィリピンに真の民主主義を実現するために気を緩めないで努力しようと呼びかけた。

(外伝)

勤務している大学院にはセンターが3つあるが、その1つの「共同社会・革新研究センター」長候補として、若い研究員達の圧倒的な支持を得て推薦された。全く意外な展開で、適任ではないので辞退したいと説得を試みたが納得してくれず、指名を受けざるをえなかった。4月上旬に推薦期間が終了した時、候補者は僕1人だった。しかし、人事委員会はよくわからない理由で推薦期間の延長を決めた。うんざりして辞退したかったが、若い支持者たちに強く反対されたので、彼らの熱い働きかけを再び尊重するしかなかった。予想通り候補者がもう1人推薦された。しかも大物である。最近大学に来たばかりの教員なので、誰かが相当なエネルギーをかけて僕に反対しているということだ。候補者の施政方針の発表と人事委員会による面接が終わり、今は決定を待っている。結果がどうなろうと、5年前に私が大学に来てから続けている「持続可能な共有型成長」の普及活動を好意的にみてくれた若い研究者たちがいてくれることに、感謝の気持ちで一杯である。若手研究者の支持を尊重するのか、トップダウン政治で決めるのか、最終決断は組織のトップの手中にある。これも民主主義の試練の1つである。

(後書き)

実は「第7プラス演奏曲」というバージョンも作った。第7演奏曲の一番後には、白黒写真で「早く再会したい我が愛する父」が出ている。この動画を作成中に父が亡くなった。僕は最後まで父のそばに居ることができた。20年以上の日本滞在の後、5年前に帰国したことに感謝する。「第7プラス」の最後に病院の父の短い動画を入れた。パンデミックで病院の出入りが極めて厳しかったので、父は甥や姪や僕たちにオンラインで話しかける。「あなたたちは祖国の未来の一員なのだから、堂々と行動できるように研鑽してください」と。未熟ながらも第7演奏曲と「第7プラス演奏曲」を父に捧げる。

Thrice,_My_People_Wept

フィリピン大学ロスバニョス校の同僚達は圧倒的にレニ・ロブレド大統領候補者を支持していたが、津波のように襲ってきたフェルディナンド・マルコス二世に敗北した。選挙結果の信憑性が問われているが、選挙管理委員会は結果を認める方向で固まっている。民間調査がその結果をずっと報じていたことが強い理由だという。しかし、誰が勝ったかというよりはフィリピンの民主主義そのものの方が問題なのだ。国民全員が泣くべきだ。僕を応援してくれたセンターの若き研究者たちも、彼らの意志が否定される可能性を作り出した人事の過程に対して深い不満を抱え泣いている。そして、国のために頑張れと最後にエールを投げかけた愛する父の他界を家族が嘆く。

フィリピンに真の民主主義が到来するよう、オールフィリピンで一人残らず頑張るしかない。改めて共有型成長の必要性を強調したい。

「第7プラス演奏曲」を下記よりご覧ください。

<フェルディナンド・マキト Ferdinand_C._Maquito>
SGRAフィリピン代表。SGRA日比共有型成長セミナー担当研究員。フィリピン大学ロスバニョス校准教授。フィリピン大学機械工学部学士、Center_for_Research_and_Communication(CRC:現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師、アジア太平洋大学CRC研究顧問を経て現職。

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【2】寄贈書紹介

SGRA会員で東京外国語大学特別研究員の趙沼振さんから共著書をご寄贈いただきましたので紹介します。趙さんの論文「日大闘争で生まれたメディア」も所載されています。

◆大野光明、小杉亮子、松井隆志 編『メディアがひらく運動史』

社会運動はビラや機関紙、ミニコミ、映画、版画、音楽、雑誌など、多様で個性的なメディアを生み出してきた。メディアとは、モノでも人でもあり、運動の帰結であり動因でもある。メディアのもつ物質性が人びとの関係性を生み出し、運動を切り開いてきたのだ。1960~70年代に簇生した独立系や商業メディアを、一次資料とインタビューから掘り起こす。

発行所:新曜社
出版年月日:2021/07/15
ISBN:9784788517332
判型・ページ数:A5・240ページ
定価:2,640円(本体2,400円+税)

詳細は下記リンクをご覧ください。
https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b586837.html

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