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[SGRA_Kawaraban] Miyuki Ota “To Choose — Some Thoughts After Participating in SGRA China Forum #8”

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SGRAかわらばん551号(2015年1月15日)

【1】エッセイ:太田美行「選ぶ」
  −第8回SGRAチャイナ・フォーラム−に参加して−

【2】新刊紹介:「現代高校生の学習と進路」

【3】SGRAフォーラムへのお誘い(2月7日 東京)
  「アジア経済のダイナミズム—物流を中心に」
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【1】SGRAエッセイ#445

■太田美行「選ぶ−第8回SGRAチャイナ・フォーラム−に参加して−」

これだけ近い国だというのに中国へ行くのは初めてである。そういう訳で空港からの
タクシーの中では念願の中国をよく見ようと、ひたすら車窓に張り付いていた。大陸
の広さを感じた。何よりも建物の一つひとつが大きく、隣の建物との間が広い。そし
て道路はひたすら真っすぐだ。東京に生まれ育った身としてまず感じたのがこの空間
感覚の違いである。ここから中国の人たちとの間に何となく感じる感覚の違いの背景
に納得する。フォーラム会場の中国社会科学院文学研究所から天安門まで官公庁が並
ぶ、中国で最も広いであろう通りを歩いた時は都を訪れる遣隋使はたまた遣唐使の気
分で、「威容」が与える心理的効果についてしばし考えた。こうして私の中国訪問と
チャイナ・フォーラムは幕を開けた。

第8回チャイナ・フォーラム初日の中国社会科学院では佐藤道信先生が「近代の超克
−東アジア美術史は可能か−」で「ヨーロッパ美術史」が存在するのに対して日本、
中国・台湾、韓国に同様の広域美術史がなく、一国美術史が中心となっている現状と
課題について、木田卓也先生は「工芸家が夢みたアジア:<東洋>と<日本>のはざま
で」の講演で中国へ渡った近代日本の工芸家について講演をされ、2日目の清華大学
では「脱亜入欧のハイブリッド:『日本画』『西洋画』、過去・現在」を佐藤先生
が、「近代日本における<工芸>ジャンルの成立:工芸家がめざしたもの」で木田先生
が近代日本と中国の美術・工芸のあり様について講演をされた。フォーラムの詳細は
林少陽氏の報告書でご覧戴いたと思うので、ここでは私がフォーラム及び参加者との
交流で感じたことを、広域史を中心にご紹介したい。

フォーラムは近代日本と中国、東アジアの美術・工芸のあり様と関わりを丁寧に、そ
して学術的に掘り起こし、整理していくものだった。私たちが当たり前にとらえてい
る美術史が当時の時代背景と(恐らく)必要性や気運によってどのように「作られて
いった」のかを佐藤先生は「自律と他律の自画像」という言葉を用いながら、木田先
生は工芸家の足跡をたどりながら、それぞれ明らかにした。

歴史というものは事実、起きたことの単なる集合体ではなく、どの「事実の集合体」
を掘り起こして、どの角度から光を当てるか、それをどのように取り扱っていくのか
の意図によって異なる意味をもってくる。その観点からすると今回のフォーラムで
は、多くの事柄から「東アジア美術史」、「広域史」、「影響し合う」を選び、未来
に対して前向きな意欲が感じられる発表と議論の場だった。一方で佐藤先生は「新し
い基軸を作ることは新しい誤解を作ることになるのかと思う(こうした研究をするの
は)自分がどこに立っているのか知りたい、それだけ」と語る。佐藤先生の指す「新
しい誤解」への懸念はよくわかるものの、ある基軸を知ることで自分を取り巻く世界
の構成が、成立の過程が、見えてくる。ひとつの基軸を知ることは他の基軸を感じ取
る手がかりとなる。だから私はこの新しい基軸を積極的にとらえたい。

10年以上も前に「ワールド・ミュージック」が流行していた頃、確か音楽家の坂本龍
一が雑誌の対談か何かで「今のワールド・ミュージックを語ると沖縄民謡のような民
族音楽を語ることになってしまい、ワールドではなくなってしまう」という趣旨のこ
とを言っていたのを思い出した。確かに当時彼が発表した音楽は沖縄民謡のアレンジ
曲だった。同じように広域史を論じると自国史や「個」はどうなるのだろう。実際そ
の点への心配の声が会場にはあった。しかし広域史を語ることは個や独自性を否定す
るものではないはずだ。独自性とは何か。人で考えた場合、個人の性質や能力、教
育、経験の積み重ね、取り巻く環境とその歴史(国家だけでなく家族、友人、民族も
含む)などから育まれ、磨かれたものではないか。ならば他との関わり(広域史)の中
にある自己(自国史)を見出し、自己(自国史)の中に他(広域史)を見出すことはごく当
たり前のことだ。自分の立っている場所を検証し続け、考えることこそが必要であ
る。

もし自分の頭で考え物事を選ぶことをやめたら、すべてが曖昧なまま流されてしまい
かねない。私たちは考え、掘り出し、そして選ぶ。その先にあるのが未来だ。何かを
選ぶ時点で既に自らの態度を表明しているともいえないか。「東アジア美術史」、
「広域史」、「影響し合う」を選ぶのは「影響し合う」未来を前向きなものにしたい
からである。一見すると今回の講演は学術的で地味なものだろう。しかし、とかく考
証の怪しげな歴史小説やドラマが溢れ、熱気を帯びた雰囲気や流れに足元をすくわれ
かねないような昨今、一つひとつを丁寧に掘り起こし、検証しつつ事実を浮かび上が
らせることには大きな意味がある。

講演後の質問では少なからず論点から外れたというか、一足飛びのものがあったり、
若い日本研究の学生と話していて意外にも現代日本の作家が読まれていないことに驚
いたこともあった。(中国にも多数いるという村上春樹ファンはどこにいるのだろ
う?) それも事実なら、会場に大勢の学生が来てくれたこともまた事実だ。彼らの中
に今回のフォーラムが種となり、芽吹く日が来ることを願っている。

木田先生は1920〜30年代の「新古典派」を「懐古趣味的な保守反動勢力でなく、新し
く東洋趣味的な工芸を作り出そうということを目指していた」、「『日本の近代』
は、いかにあるべきか?、さらには『アジアの近代』はいかにあるべきかという問い
が含まれていたと思われます」と語る。その頃の日本が発信する「東洋」と今の日本
や他国がいう「東アジア(あるいは東洋)」では異なる点は多いだろう。だからこそ
日本からだけでなく、その他の国から、人からの「東アジア広域史」を論じる声を聞
き、共に今と未来とを選びたい。

林少陽氏の第8回チャイナ・フォーラム報告は、下記リンクよりお読みください。
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/news/_8sgra.php

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<太田美行☆おおた・みゆき>
東京都出身。中央大学大学院 総合政策研究科修士課程修了。シンクタンク、日本語
教育、流通などを経て2012年より渥美国際交流財団に勤務。著作に「多文化社会に向
けたハードとソフトの動き」桂木隆夫(編)『ことばと共生』第8章(三元社)2003
年。
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【2】新刊紹介

SGRA会員で昭和女子大学准教授のシム チュン・キャットさんより共著書をご寄贈い
ただきましたので、ご紹介します。

■「現代高校生の学習と進路—高校の「常識」はどう変わってきたか?—」

編著者:樋田大二郎・苅谷剛彦・堀健志・大多和直樹
発行所:学事出版
発行日:2014年12月10日
ISBN: 978-4-7619-2094-4 C3037

http://www.gakuji.co.jp/book/978-4-7619-2094-4.html

かつての高校生は学歴主義と「努力は報われる」という努力信仰が外発的動機づけと
なって学習が奨励された。また、今よりも高校階層構造が強固で、生徒は進学した高
校の位置づけ(ランクと学科)に応じた学習と進路形成を行った。しかし、少子化や
多様化、学力観の変化の波にさらされて、高校は劇的に変わった。生徒は今、内発的
に動機づけられ、多様な高校生活を送っている。
高校や高校生の意識はどう変わってきたのか。30年のデータを元に、政策の影響、高
校生自身の成績、保護者や学校の意識など多様な切り口で迫る。

【3】SGRAフォーラムへのお誘い

■「アジア経済のダイナミズム—物流を中心に」

下記の通り第14回日韓アジア未来フォーラム/第48回SGRAフォーラムを開催します。
参加ご希望の方は、事前にお名前・ご所属・緊急連絡先をSGRA事務局宛ご連絡くださ
い。

日時:2015年2月7日(土)午後1時30分〜午後4時30分

会場:国立オリンピック記念青少年総合センター国際交流棟 国際会議室
http://nyc.niye.go.jp/category/access/

申込み・問合せ:SGRA事務局
電話:03-3943-7612
Email:[email protected]

<プログラム>

【基調講演】「アジア経済のダイナミズム」
榊原英資(さかきばら えいすけ:インド経済研究所理事長・青山学院大学教授)

【報 告 1】「北東アジアの多国間地域開発と物流協力」
安 秉民(アン・ビョンミン:韓国交通研究院北韓・東北亜交通研究室長)

【報 告 2】「GMS(グレーター・メコン・サブリージョン)における物流ネットワー
クの現状と課題」
ド・マン・ホーン (桜美林大学経済・経営学系准教授)

【自由討論】
進行及び総括:金雄煕(キム・ウンヒ、仁荷大学国際通商学部教授)

ミニ報告:「アジア・ハイウェイの現状と課題について」
   李鋼哲(リ・コウテツ、北陸大学未来創造学部教授)

*詳細は、下記リンクをご覧ください。
ちらし
http://www.aisf.or.jp/sgra/schedule/nikkan14chirashi.pdf
プログラム
http://www.aisf.or.jp/sgra/schedule/nikkan14programJ.pdf

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● SGRAカレンダー
○第14回日韓アジア未来フォーラム・第48回SGRAフォーラム
「ダイナミックなアジア経済—物流を中心に」
(2015年2月7日東京)<参加者募集中>
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/schedule/14_2.php

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のエッセイを、毎週水曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読
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だくこともできますし、事務局までご連絡いただいても結構です。
http://www.aisf.or.jp/sgra/entry/registration_form/
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ださい。
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局より著者へ転送いたします。
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http://www.aisf.or.jp/sgra/active/sgra2014/

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