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Gloria Yu Yang “CHICKEN FEET & trump”

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SGRAかわらばん651号(2016年12月15日)
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SGRAエッセイ#514

◆グロリア・ユー・ヤン「トランプのアメリカ:鶏足を持ち込んだ華人」

12月1日、朝5時。眠れなかった。書かなきゃと思った。
「鶏足とトランプ」
どこから始めよう。「アジア人はアメリカに入国する場合、MSP(ミネアポリス・セントルイス)空港を避けてください。人種差別を経験してみたいと云うなら別ですが」にしよう。

アメリカ入国審査は、決して愉快な経験ではないけど、ものすごく悪いわけでもない。審査官はコンピューター上に記録を引っ張り出し、それに目を通し、データにタイプし、旅行の目的など短い質問をする。もし審査官の機嫌が悪い時には、殆んど無言で待てば良い。普通は「アメリカへようこそ」で終わる。この10年間、一貫して学生ビザだったので、質問も段々減ってきた。10月にニューヨークに戻った時もそうだった。

今回のMSPは全く違った。乗客が少ないのに手続きが遅かった。白人の審査官が、ビザ免除の日本人にも大きな、かつ乱暴な口調と手振りで質問していた。彼らは、アメリカ人であろうと無かろうと白人は直ぐに通した。アジア人ばかりが残った。

この中年で禿げ始まった白人の審査官は、私が今まで受けた事の無い、意味不明な質問をした。私の答えを遮ったり、他の質問に飛んだり、又、同じ質問に戻ったりした。終わりが無く、脈絡も無く、かつ乱暴な口調での質問に私は我慢しながら、目的は何だろう、もしかして、「審査室」に連れ行きたいのかと考え始めた。

たくさんの質問の後、彼はやっと口を閉じ、今度は私のパスポートを見始めた。世界各国のスタンプをパラパラとめぐりながら「何でこんなに多くのアメリカビザがあるんだ?」と聞いた。
「最近まで、アメリカは中国人に毎年ビザを更新する様に要求していたから。」(その都度、200ドル取られました。)
私は非常に慎重だった。仕方がない。彼は随意に私の入国を拒否出来る。彼自身もその権力をよく知っている。

彼はボールペンを取り出し、入国スタンプに、ひとつずつ線を引きはじめた。何でずっと残しておいたのかと文句を言いながら。
アメリカ入国スタンプで一杯のパスポートを2冊持っていた。いままでの入国審査官は誰も何も言わなかった。私は、彼が私の唯一のリーガル・ドキュメントに線を引くのを見ていたが、現在有効なビザにも線を引こうとしたので、声を出し止めさせた。
他の審査官が3人か4人を通過させた時、彼は質問を聞き尽し、これ以上は諦めた、と思ったのは私の思い違い、これからがスタートだった。

「ところで、どこの国から来たの?中国?」(最初から私のパスポートを見ていたはずです)
「はい。」
「荷物はいくつ?」(この質問は国籍の質問の前に聞かれたばかり)
「ひとつです。」
「ひとつ…食べ物は持っている?」(これは普通、税関での質問ですが)
「いいえ。」
「持ってない?」
「持っていません。時間がなかったので。」
彼は目を細めた。「月餅も持っていない?」
月餅。 中秋でもないのに月餅。私が中国人だから?このくだらない会話の行方が段々分かってきた。
「月餅? なぜですか。持っていません。」
「本当に?」
「持っていません。今回は日本から来たので。」
「持ってない?月餅も鶏足も持ってない?」

鶏足。 鶏足。
中国人だったら、必ずこの異国情緒たっぷりで未開地の気持ち悪い食べ物を食べる。そして、この偉大なアメリカにこっそり持ち込む。
ただし、私は彼の間違った知識と非道徳性を正す権利を持っていない。彼は権力者であり、私は外人として、鶏足に答えなければならない。
「私は鶏足を持ち込んでいません。」
「本当かい?鶏足のようなものも持ち込んでいない?」
「ここに10年近く住んでいますが…」
彼は私の言葉を遮って「10年だろうがそれ以上だろうが、<彼ら>は鶏足を持ち込んでいる。」
「私はしません。」
「私は嘘を言ってないよ。」彼は呟いて、「<彼ら>はここに持ち込んでいる。我々はそれを見たんだ。<彼ら>は持ち込んでいるんだ。」

「彼ら」という言葉が私の体と頭の中に響いた。彼のつぶやきも聞こえなくなった。

ある不法移民のメキシコ人がいる故に、どのメキシコ人も不法移民ではないかと疑う。なぜかというと、「彼ら」は不法移民だから。
ある犯罪者の黒人がいる故に、どの黒人も犯罪者ではないかと疑う。なぜかというと、「彼ら」は犯罪者だから。

今回の選挙で、なぜアメリカの人々がトランプを選んだのか、やっとわかり始めた。

「私ではない。」もうそのまま引き揚げようかと考え始めた。
「…オーケー。書類と荷物を持ってあそこに行って検査を受けて。」
いつもの「アメリカへようこそ」の挨拶は、プロトコールなのか優しさなのかわからないが、もうどうでもいい。
彼がテーブルに投げて寄こしたファイルを持って税関に向かった。

税関の官吏に「食べ物は?」「ありません。」「無い?野菜は?」「無い。」「リンゴは?」「無い。」「肉は?」「無い。」「生魚?」「無い。」「XXXXは?」「無い。」
「オーケー、青い線のところでバッグの検査を受けて。農産物のXXX」
私の言葉が信じられないのなら、何故聞くの?

バラバラにされた荷物の現場。一人の若い女性が日本語の説明がついている使い捨てカイロについて怒っているような検査官に必死に説明していた。その後彼女はリパックし、「ありがとうございます。」という挨拶をしに来た。検査官はそれに応えず、こちらに向かって「あんたは感謝するべきだ。」と独り言を呟いた。そして私の書類をとり「バッグを載せて、黄色の線に沿って行きなさい」と。バッグを通し、食べ物がなかったことでちょっとびっくりした検査官は私に書類を渡した。「良い一日を。」
次の国際到着便は白人が多く、誰もが大きなバッグを持っていたが、X線検査に向かうことなくパスしていた。

もう限界を超えた。信じられない。ただの官僚的な無礼では済まない。そうではないからだ。私には反論する選択肢さえ与えられなかった。お互いに平等でない限り、グッド・ハートなど有りえない。
これを過剰反応とは思わない。一人のアメリカ人が日本人か中国人の入国審査官から、「カウボーイハットを持っているか?冷凍の七面鳥は?臭いチーズは?」と聞かれ、アメリカ人がなんと答えるか想像してみよう。そしてアメリカ人は「いいえ」と答える時を。「本当に?全てのアメリカ人は常に気味の悪い、胸の悪くなる様な食べ物を持っている。常にですから、あなたもね。」
もし私がまだ20代だったら、入国審査官に言い返しただろう。「今、鶏足やあひる足、また七面鳥の足でもニューヨークのスーパーで買えるよ。いろんな味で、オーガニックも、全てアメリカ製」と。
しかし、今回の選挙でわかったことは、皮肉は人種差別との戦いに勝てない。

20代で初めてアメリカに来た時、こんな質問には会わなかった。人々は強い偏見を持っていたかも知れないが、素直に会話を交わし、そして、考え方を変え、お互いの違いを受け入れた時期だった。過去10年、私は外国でも中国でも、人種、性別、そして、国籍に対する様々な差別と一生懸命闘ってきた。どこでも、アジアの文化、社会、政治について話すことによって、文化の多様性と社会の寛容性の尊さを知ってもらうために努力してきた。
20代に聞かれなかった鶏足の質問。2016年に来た。

アメリカ人は様々だ、その通り。良い人も沢山いる、本当に。しかし、本当の多様性というのは一方的なものではない。中国人、日本人、そして他の民族もアメリカ人と同じように、様々であるということを認めなければならない。そうでなければ、アメリカの多様性とは、1930年代に「五族協和」を宣伝した日本の植民地「満州国」と同じように偽善的なものではないだろうか。一言でいうと、アメリカは、白人をトップとし、中国人は中華街のキッチンに、メキシコ人はデリバリーの自転車にと、階級社会を前提とした複数の人種が共存する社会なのだ。

セキュリティゾーンを出る前に、もう一度振りかえってみた。彼らは正義の味方のように行動していた。お国の為だから。彼らの人種差別的な行動は愛国主義の名のもとに正当化される。それに私はぞっとする。今回の選挙結果は、外国人には乱暴な言葉や行為を振る舞えることを正当化した。新しい「偉大な」大統領と同じく、外国人を違法移民か、アメリカの「偉さ」を奪う盗人として見ても良いという結果になった。
「偉大な」アメリカは心底嫌いだ。

ニューヨークへの乗り換え便の中で、私は沈黙していた。隣の席に座った男性が荷物をキャビネットに入れ、軽く挨拶した。「こんにちは。」
その瞬間、ずっと我慢していた涙が落ちた。
2006年、私が初めてアメリカに来たとき、ピッツバーグ行きの乗り換え便で、まさしく同じ言葉を投げかけられた。今でも覚えている。その後、父にこう言った。「アメリカ人は優しいね」と。

選挙の後、何日も泣いた。英語、中国語、日本語で書かれた記事を読んで、悩んで考えた結論は、私はアメリカの大学で東アジア美術史を教える。たとえ、そこが中西部であろうと田舎であろうと。誰かが闘わなければならないからだ。しかも一生懸命に。教育に恵まれてきた私は、教育の力で偏見や差別を消すことができると信じていた。
が、今日は完敗だ。もう、これ以上無理だ。

アジア人のみなさん、アメリカへの入国にあたってはミネアポリス・セントルイス空港を使ってはいけません。私達は戦いに敗れたのです。

追伸。2日後
つらかった。あれ以来2日間、私はアメリカ合衆国国土安全保障省税関・国境取締局、MSP空港に事実抗議書を出し、大学の学長と国際センターに手紙を送った。何もならないとわかっても、やるべきだと思った。
しかし、これでも私の気持ちは晴れなかった。逆に、怒り、落胆した後、深く落ち込んだ。

フェイスブックやメッセンジャーのコメントに返事をする気にもならなかった。
「白人である私にとっても国境を越える時の対応は悪かったよ。」
「鶏足はただあなたの国の代表的な食べ物の例としての質問ですよ。」
「なんなのこの悪い男!」
「アメリカ人の偽善さが今更わかったのかい、大げさだね。」
また、これがきっかけとなり、選挙後、アメリカ国境でアジア人に対する様々なひどい話を聞いても言葉が出なかった。

人々がなぜ、またどうやって自分の見方や経験から偏見や認識を抱くのか、私は良くわかっている。これは偶然ではない。アメリカ国境管理官の労働組合「国境巡回委員会」は公にトランプを支持していた。そして、私は、今まで差別に遭った瞬間に、自分自身に「これは私の感情的な過剰反応ではないか。」と毎回チェックしている。そして、今回を含む事件の答えはノーだった。

ニューヨークへの乗り換え便に乗った時、目の前のたくさんの白人たちが一瞬、全てトランプ支持の人種差別主義者に見えた。非合理だが強い感情に動揺し、背筋に悪寒が走った。このような負の感情に押しつぶされ、絶望的な不信感によって心にブラックホールができた。感情は実に重要なものだ。そもそも、今回の選挙では、知恵の欠如ではなく、恐怖と不安の気持ちに巻き込まれ、判断力を失った多くのアメリカ人がトランプに投票した。

1週間後、私は国際センターのディレクターにこの事件について話した。MSP国境管理官に問合せてくれることになった。
そのあと、彼は聞いた。
「今から、あなたのことについてちょっと話しましょう。あれからどうですか。気分は。」
聞かれた瞬間、私は鬱になった理由がわかった。戦うことは、傷を癒すこととは別だから。
事件が解決に至るかどうか別として、私は傷ついた。その傷は深い。「私たちはあなたが癒されることを願っています。」
不思議に、その時からだんだん「私は大丈夫だ」と感じるようになった。傷は痛くてもきっといつかは治る。1週間の間に色々な人からもらった励ましも聞こえるようになった。

「選挙後の現実に、どう対応すればよいか。」戦う。そして自分を癒す。極めて難しい、そして苦しいことだ。ただ、そうしなければ、今後の厳しい現実を乗り越えられないだろう。

原文(英語)は下記リンクよりお読みいただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2016/12/GloriaYY-Trump-Chicken-Feet.pdf

<Gloria Yu Yang(グロリア・ユー・ヤン)楊昱>
2015年度渥美奨学生。2006年北京大学卒業。2008年からコロンビア大学大学院美術史博士課程に在籍。近現代日本建築史を専攻。2013年から2015年まで京都工芸繊維大学工芸資料館で客員研究員、2015年から東京大学大学院建築学伊藤研究室に特別研究生として、植民地満洲の建築と都市空間について博士論文を執筆。2017年5月卒業予定。

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